内省
山田が市川の背中を軽く叩いた。
「もう、その辺にしとけ」
市川は「ひいーっ! ひいーっ!」と必死になって笑いの発作を抑え込む。あまりに笑いすぎて、息が苦しい。
洋子が大きく、両手を上へ差し上げた。
「なるほどね、【タップ】の台所事情は、ぜーんぶ、判ったわ! でも、そんなの、あたしたちには関係ないわ! あたしは、どうしても、元の世界へ帰りたいわ! 何たって、こんな……こんな馬鹿げた衣装しか着られないなんて、耐えられないわ!」
洋子は自分の身に着けている軍服を、忌々しげに睨んだ。
胸元が大きく開き、ぴちぴちに短いスカートに、まるでSMショーの衣装のような長い革靴という格好である。じろっと市川を睨みつける。
「あんたのせいだからね! あんたが、こんな衣装を設定したから……。ねえ、どうしてもっと、まともな設定にしなかったの?」
市川は、ぶすっと返答した。
「しょうがねえじゃないか。木戸さんの注文なんだから……」
山田も考え深げに呟いた。
「おれだって、元の世界へ帰りたいのは同じだよ。おれにも家族がいるしな……。末の娘は来年、中学に進学だ。こんなところで、うろうろしちゃいられないんだ……」
市川は、自分はどうなんだろう、と考えた。独身で、家族もない。恋人さえ、いなかった。
杉並の、アパートに待つのは、DVDの山と、ゲーム機、それにネットに繋がったパソコンだけである。
是非とも会いたいと思う、友人すら全然いない。
思えば、中学卒業と同時にアニメ業界に飛び込み、無我夢中でやってきた。好きな仕事ができるだけで満足で、他の余計な考えが忍び込む余裕すら、欠片もなかった。