役名
三村の顔が、見る見る不安に歪む。ぶるぶると、何度も、否定に横に振られた。
「ぼ、僕……知りません! そうだ、僕、何て名前でしたっけ?」
洋子が呆れて声を上げた。
「三村健介でしょう? しっかりしてよ、自分の名前も思い出せないの?」
三村は今度は大きく首を振る。
「いや、そうじゃないんです。僕の言いたいのは、役名ですよ! この世界の、ボーラン帝国の五番目の王子としての役名です。ほら、新庄さんは帝国軍でシン中佐と呼ばれているじゃないですか!」
「あ!」と全員が顔を見合わせた。
「そうだ! アニメのキャラクターなら、名前があるはずだよ! おれたち、最初から軍隊に応募するとき、本名を使っていたから気にしなかったけど、うっかりしてた……」
市川は、無意識に、頭をがしがし掻いていた。本来なら、応募する際、アニメのキャラクターの名前を名乗るべきだったのだ。
山田は市川に向き直った。
「市川君は、王子様とか、お姫様のキャラクター設定をやったか?」
市川は首を振った。
「まだ、やっていない。何しろ、王子様の出てくる話数は、かなり後になるからな。おれのやったのは、最初の二話三話だけだ。原作では……」
市川は脳裏に、木戸純一による『蒸汽帝国』の原作を思い浮かべていた。
思い出せない!
愕然となった。確かに、原作は読んでいるはずなのに、名前が浮かばない……!