飛行船
ふわりとした上昇する感覚が足下から達し、市川は客室の丸窓に顔を押し付け、外の景色を眺めた。
飛行場は一面に芝生が植えられ、真っ赤な軍服を身に纏った軍楽隊が行進曲を奏でている。遠くには、王子の出立を見送る市民の群れが、盛んに手を振っていた。
ぐうん、と地面が遠ざかり、細長い飛行船の影が落ちている。見る見る飛行場は小さくなり、遙か地平線近くに、ボーラン市と、王宮の建物が見えていた。
「さて、ようやく出発だ!」
新庄が満面に笑みを浮かべ、宣言した。ストーリーが動き出し、前途に希望を見出したのだろう。
山田も、洋子も、同じように思っているらしく、笑顔になる。
三村は、ややぼんやりとした表情で、窓の外を眺めているだけだ。
飛行船の、王族専用の客室である。判りやすく説明すれば、飛行船は御用飛行船であった。
本来なら百人以上も乗船できる構造だが、王族が乗り込むため、定員は半分以下になっている。空いたスペースには、王族のための客室や、料理のためのキッチンが設置されている。つまり、空飛ぶホテル、というわけだ。
市川は山田に尋ねた。
「これから向かう先は、何て場所だい?」
「はて」と山田は首を捻った。
「そう言えば、隣国としか聞いていないな。新庄さん、あんたは知っているかい?」
新庄は目をギョロギョロと動かし、細かく首を左右に振った。
「おれも知らん! 三村君はどうなんだ? 何しろ、花婿なんだろう。相手の花嫁の名前くらい、聞いていないか?」