原作
「くくく……」
市川は忍び笑いを洩らした。隣で洋子の繰ったページに見入った山田は、ぐずぐずと鼻を鳴らした笑い声を上げる。
「こりゃ、いい! こいつは、おれか?」
市川の悪戯書きであった。市川と山田、洋子の三人が冒険者のような身形をして、辺りを警戒するような姿勢をとっている。
市川は旅の盗賊、山田は杖を持った老魔法使い、洋子は肌も顕わな女剣士といった出で立ちである。
市川の描いた三人のキャラクターは、思い切りディフォルメされているにも関わらず、はっきりと各々の個性が浮き出ていて、誰でも描かれた人物を特定できる。
「あたし、こんなに胸は大きくないわよう……」
洋子は頬を真っ赤に染めながらも、それでも悪い気はしないようで、しげしげと見入っていた。市川の描いた洋子のキャラは、胸の谷間が思い切り強調された衣装を身に纏っていて、確かに実物よりは一・五倍……いや、二倍はバストが豊かに描かれている。
「おれ、こんなに爺いかい?」
山田は自分のキャラクターに、感想を述べた。山田は半分ほど白髪になっているが、市川のキャラクターでは完全に白髪になっていて、髭も胸元まで伸ばしている。
「いいじゃんか! どっちにしろ、遊びだ!」
市川は、ばっさりと切り捨てる。
山田は油の浮いた顔をぺろりと撫でると、椅子に座って頭をがしがしと掻いた。
「それにしても打ち合わせ、本当に今夜中にできんのかな?」
山田の言葉に洋子が目を光らせた。
「できないと、完全にアウトよね?」
市川は無言で頷いた。アニメ業界に飛び込んで八年あまり。そろそろスケジュールも、駆け出しの制作進行よりは把握できてくる。
どう考えても、今夜中に打ち合わせを済ませておかないと、最終アップには間に合わない。というより、すでに最終アップは過ぎている。今はギリギリの状況なのだ。
デスクに放り投げられたままのマンガ本を、市川は取り上げた。
タイトルは『蒸汽帝国』で、作者は木戸純一とある。
この木戸なる人物が、今夜打ち合わせをする総監督本人である。