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名前
「あの女、木戸さんの依頼でキャラクター設定を起こした覚えがあるな……」
市川の呟きに、山田は目を剥いた。
「へえ! じゃ、名前も判ってるのか?」
市川は「いいや」と首を振った。
「キャラクター打ち合わせのとき、あとで登場させる予定だから、キャラクターだけでも起こしておいてくれと言われたんだ。だから、名前は知らない。木戸さんが自分でラフを描いて、おれに寄越したんだ。相当な思い入れがあるらしくて、細かく注文を付けてきたな」
洋子は、ちょっと薄笑いを浮かべて口を開いた。
「もしかして、木戸監督の初恋の人かもね!」
三人は思わず顔を見合わせた。
「ぷっ!」「くくくく……!」と、一斉に吹き出す。その声が聞こえたのか、女は怪訝そうな表情で、こちらに視線を向けてきた。
「いけねえ!」と市川は慌てて視線を逸らす。
その時、重々しい音を立て、正門の鉄扉が開き始めた。応募者は、ぞろぞろと応募受付へ向け、歩き出す。
市川たちも歩き出した。