ボーイ
三人は思わず顔を見合わせる。市川は、自分の言葉に、不意に不安が込み上げるのを感じた。
「そうだよ……。おれたち、この町の地理についちゃ、何にも知らないんだ」
その時、甲高い子供の声がして、全員ギョッとなった。
「親爺さん!」
明らかに、山田に向けて掛けられた言葉だ。山田は当惑したように、きょろきょろと辺りを見回す。通行人を掻き分け、一人の少年が真っ直ぐ走ってくる。
「ああ……、ありゃ、最初の酒場にいた、ボーイじゃないか!」
市川は少年の顔を見て、思い出した。名前は確か「ランス」といったはずだ。山田の役割は酒場の親爺で、ランス少年は孤児という設定だ。山田も少年の顔を見て、思い出したようだった。
少年は山田に駆け寄ると、心配そうな表情を浮かべ、口を開いた。
「親爺さん。どうしちゃったんです? 昨夜、いきなり消えちまって……。心配したんですよ!」
山田は無言で首の後ろを撫でていた。どう答えていいか、迷っているらしい。
やがて大きく息を吸うと、少年に話し掛けた。
「いや、済まんな。実は、ちょっと一言では説明できないんだが、おれはこの二人と王宮へ出かけ、兵士募集に応じようと思っている」
少年の瞳が、驚きにまん丸になった。
「本気ですか? 親爺さん。店はどうするんです?」
山田は探り探り、といった口調になった。
「店は……ああ、お前に任せるよ。ええと、店には……調理人が他にもいる……よな?」
ランス少年はあやふやに頷く。
「そりゃあ、ベータさんもいるし、アルファ姐さんだって……。でも、親爺さんの店なんですよ。それを放り出してだなんて!」
ベータにアルファか……。なんて適当な命名なんだ!
市川は心中、密かに呆れ果てた。名前の出た二人については、市川は心当たりはない。多分、名前だけの存在なのだ。