夜明け
夜が白々と明けてきて、市川たちはそれまで潜んでいた建物の裏手から、表通りへと移動した。
雑踏が、市川たちの目の前に表れた。
道路は総て石組みで、雑踏を構成する市民らしき人々の姿は、十九世紀のものだ。
男はフロック・コートに山高帽という、陰気な服装で、女は目の覚めるような色鮮やかなドレスを身に纏っている。
時折、洋子と同じような、肌の露出が多い服装の若い女性も混じっていた。大多数はヨーロッパ風の衣装だが、アジア風の、いや中近東付近だろうか、異国風の衣装を身に纏った通行人も混じっている。
印象的なのは、かなりの割合の通行人が、市川がベルトから提げているような武器を所持している光景だった。もし、ここが現代日本なら、即座に通報され、逮捕されるだろうが、皆いずれも平気な顔で通りすぎている。
市川は無言で、通り過ぎる群衆をじろじろと、無遠慮な視線で眺めていた。自分が同じ場面を作画するとなると、やはり今ここで見ているような通行人を描くはずだ。
通行人の動きを観察し「やっぱり三コマのタイミングだ。作画枚数を節約するために、スライディングを使っているな」と瞬時に思った。このような異様な状況にあっても、市川の作画マンとしての本能は、アニメの製作過程を頭に描く悲しい習性が働いてしまう。
雑踏は、全体に雑多で、猥雑とさえ言えた。
通行人の間を、からからと路面を鳴らしながら辻馬車が行過ぎる。と思ったら、しゅっ、しゅっと白い蒸汽を吐き出して、蒸汽の力で動く自動車が通過する。
空を見上げると、細長い飛行船が、朝の光を目映く反射してゆったりと飛行していた。
ここでは中世と、近代が入り混じっていた。ぼけっとそれらを眺める市川たち三人の姿を、見咎める視線は、一つとしてなかった。