恐怖
とぼとぼと、真っ暗な闇を、木戸純一が当てもなく歩いている。
なぜ歩いているのか、どこを目指しているのか、本人にもさっぱり判っていない。ただ、立ち止まるのが怖ろしく、かといって無闇と走り出す無謀さも持ち合わせず、こうして項垂れた姿勢のまま、歩いている。
闇なのに、自分の身体ははっきりと見てとれる。とぼとぼと歩む、自分の足下もちゃんと見られる。
木戸は、市川たちの直面したアニメ化を経験していない。視界に入る、自分の手許、足下はごく普通に見えた。しかし、どこに光源があるのか、それも見当もつかなかった。
演出部屋で全員に取り囲まれ、窮地に陥って叫んだ瞬間、何か奇妙な出来事が起きたらしい。が、何が起きたのか? 記憶は模糊として曖昧である。
いったい、いつから自分は、こうして目的地も定めず、歩いているのだろうか? 歩き出したのは、ついさっきのようであり、また随分と長い間、ひたすら歩いていたようでもある。
自分は、すでに死んでいるのではないか? ここは死後の世界かもしれない……。
不意に恐怖が込み上げてきた。ひやりとした汗が、背中を伝い、心臓が凍りそうな恐ろしさが爆発する。
厭だ!
木戸は走り出した。猛然と、歯を食い縛り、全身の力を足先に込めて、全力疾走を試みる。
足音は全くしなかった。全身全霊を込めて走っているのに、ぱた、という音すら、聞こえてこない。これほど全力で走っているのに、前方から吹き付ける風すら、そよとも感じない。
やがて、木戸の駆け足は止まり、立ち止まった。
ぜいぜい、ひいひい、はあはあと喘ぐ。
心臓は、ばくばくと大きく鼓動し、タップダンスを踊るように、陽気に胸の中で飛び跳ねている。
どっと熱い汗が額から零れ落ち、木戸はその場で、へたりこんだ。