制作進行
市川は足音を忍ばせ、横になっている人物の顔を覗きこんだ。
身体もひょろ長いが、顔もまた長い。秀でた額に、高い鼻梁。いわゆる白皙の美青年といった形容がぴったりくる顔立ちだ。
青年は椅子の上に仰向けに寝そべり、両目を閉じている。微かに寝息が聞こえる。
眠っているのだ。
ぴくぴくと市川の唇が痙攣した。市川は自分の顔が、見る見る険しくなるのを感じていた。怒りの衝動が込み上げる。
「おいっ!」
金切り声を上げ、同時に脚を飛ばし、青年が身体を横たえていた椅子を蹴り上げる。
「はっ、はいっ!」
がたたん、と大袈裟な音が制作室に響き渡り、青年は椅子から転げ落ちた。市川は喉も張り裂けよと思い切り叫んだ。
「三村っ! 人を呼びつけておいて、呑気に寝ているとは、何だっ!」
三村、と呼びかけられた青年は、じたばたと見っともなく蜘蛛のように長い両手両足を足掻かせ、床にぺたんと尻餅をついた姿勢で市川の顔を見上げた。
瞳がまん丸になり、驚愕の表情が浮かぶ。
「あっ! す、すみません! つい、仮眠を……」
三村健介。市川と同年齢である。アニメの制作進行を担当している。三村は市川にどうしても今夜【タップ】に来るよう、懇願をしていたのだ。
三村は、ようやく立ち上がり、ぺこぺこと何度も頭を下げた。三村の身長は百九十センチあまり。上下に引き伸ばされたようにほっそりとしていて、彫りの深い顔立ちをしている。黙って立っていれば、どこかの男性モデルにしか見えない。
しかし口に出す言葉は「すみません」「御免なさい」「申し訳ありません」を連発するため、人からは軽く見られがちである。
何しろ市川は、三村が道を通り過ぎる野良猫に頭を下げている場面を目撃している。うっかりぶつかった電信柱にすら謝る、とさえ揶揄されている。