雑学
山田が右手を挙げ、テーブルの間を独楽鼠のように駆け回っている少年を呼び寄せた。
少年は真剣な顔付きで飛んでくる。
「はい、親爺さん。何でしょう?」
少年の姿を目にして、市川は「ああ」と一人合点した。少年は確かに、市川が木戸の依頼を受けて設定した、酒場で働くボーイそのままである。
山田は少年に料理と、ビールを持ってくるよう命令した。少年は生真面目に頷くと、再び独楽鼠のように早足で引き下がった。
あっという間に注文の品を盆に載せて戻ってくると、てきぱきと二人の前に料理と、ビールが並ばれた。
少年は一礼して、別の客の注文を取りに戻っていった。山田はビールのカップを持って、口を開いた。
「ともかく、一杯やろうや。こんな訳の判らない時は、これに限る!」
「うん」と生返事で市川はカップを取り上げ、口に近づけた。ぐい、と呷ると、やや酸味のある液体が喉を通り抜ける。
酒精分は含まれているが、これがビールとは思えない。
「これがビールか? 別の酒じゃないか?」
市川の疑問に、山田は首を振った。
「いや、これもビールさ。
但し、ホップの入っていない高温醗酵の酒だ。おれたちが知っているビールは、低温醗酵菌による下面醗酵アルコールで、ドイツが発祥だ。
こちらのビールは、もともとエールと呼ばれる上面醗酵の、イギリスが発祥地の酒だ。どちらも麦芽が原料だから、ビールと呼ばれている」
時々、山田は妙な雑学を披露する癖がある。山田の講釈に市川は「ああ、やっぱり、山田さんだ」と変な感心を憶えた。