記憶
呆然としていると、目の前に人影が差した。顔を上げると、さっきの親爺が腰に手をやり、渋面を作っている。
完全にアニメのキャラクターだ。
でっぷりと太り、髪の毛は後頭部で纏めて背中に垂らしていた。服装はラフで、腹の下に前掛けをしていた。
「おい、あんた! さっきから、そこに座ったばかりで、注文一つ、しやしねえじゃないか! ここは酒場だぜ。客じゃないなら、帰ってくれ!」
親爺の顔には、妙に見覚えがある。アニメのキャラクターらしくディフォルメされてはいるが、もとの人物は、はっきりと特定できた。
「山田さん……じゃないか?」
思わず口に出た言葉に、市川は驚いた。
あっ! おれは市川努! アニメ制作会社【タップ】で『蒸汽帝国』というシリーズの作画監督をやっている……!
洪水のように記憶が戻ってきて、じーんと痺れたような驚きが胸に満ちた。
呼びかけられた親爺の顔が、驚愕に歪んだ。ポカンと口がまん丸に開き、両目が見開かれる。だらりと両手が下がり、がっくりと両肩が落ちた。
「山田……だって……」
両目がキョトキョトと落ち着きなく辺りを彷徨い、ごつい手の平が、顔をずるりと撫でた。
「ああっ! そうだった! おれは、山田栄治……! 思い出した! あの時、【タップ】の演出部屋で妙な〝声〟が聞こえて……あとは、さっぱり判んなくなっちまって……」