喜びの声
がちゃり、と軽いドアの開く音に、市川は物思いから抜け出した。ドアの向こうから演出部屋の光が零れ落ち、木戸監督の太めの身体がシルエットになっている。
新庄は噛み付くように叫んでいた。
「木戸さん! 絵コンテはどうしたっ? 今夜、絵コンテがないと……」
「判ってる……」
木戸は新庄の言葉を途中で遮り、曖昧な動作で、軽く手を振った。新庄は木戸の唐突な態度に、一歩だけ不審気に引き下がる。
「木戸さん。判ってるんだろうな? 今夜がデッド・ラインだって……」
「ああ、できているよ」
木戸は朦朧とした口調で答える。何だか、今まで、夢の中にいたような表情だ。
新庄は、ぱくぱくと何度か口を開閉させた。
「できている……だと? 本当かっ?」
驚きのあまりだろうか、掠れ声になっている。
「まあ、見てくれ」
相変わらず、漂うような動作で、木戸は演出部屋に引っ込んだ。
新庄は無言で、市川たちの顔を見やった。市川もまた、何が起きたのか、まるで見当もつかず、ただ無言で頷き返すだけだった。
軽く頷き返し、新庄は演出部屋に踏み込んだ。
新庄の後から、市川は、木戸の演出部屋へ入っていった。洋子の手は握りしめたままだ。ドアを潜る寸前、市川の視線は、屋上の一角を捉えていた。
何だろう、何が気になるのだろう?
改めて視線を集中させると、そこにあるのは、新庄がどこからか勧請したと称する、小さな祠があった。いつも新庄がお参りを欠かさない、神様が祀ってある祠である。
新庄の悲鳴のような叫び声に、市川はそれまでの物思いを振り払った。
「本当だっ! 絵コンテができているぞっ!」
新庄の喜びの声に、市川は慌てて演出部屋の中に身体を捻じ込む。




