帰還
「待って下さい!」
凛とした、三村の声が、その場を支配していた。
「僕は帰りません! この世界に留まります!」
「三村君!」
市川たちは仰天して叫んだ。
「今はもう、三村健介ではない。僕はアラン王子だ!」
三村は──いや、アラン王子は、王族の威厳を保ち、きりっとした表情で答えていた。
一同の凝視を浴び、不意に三村の顔に、以前の気弱げな表情が浮かぶ。
「御免なさい。でも、僕はこの世界がぴったりくる……そんな気がしてならないんです。僕は以前は、自分は誰か、なぜここにいるのか、ずっと迷っていた……。生きているだけで、他人に迷惑を架けている……そう感じていました。でも、こっちへ来てからは、本当に生きていると感じている!」
三村は再び固い決意の表情になった。
「ぼくは帰りません! ここで、アラン王子として生きていきます!」
市川は宙に視線を向け、叫んだ。
「どうすんだ? 三村は帰らないと言っているぜ!」
──しょうがおまへん。まあ、三村はんがおらんでも、何とかなりまっさ。それは、方便ちゅうもんで……。
ごおごおと、風は大広間を荒れ狂う。真向かいから吹きつける風に、市川は目を半ば閉じざるを得なかった。
「市川君……。努!」
洋子が手を伸ばしてくる。市川は、洋子の手を握りしめた。
「宮元さん?」
「洋子でいいわよ……」
洋子が耳もとで囁く。新庄が二人を見て、妙な表情を浮かべた。
──さあ、あんたら、【タップ】へ御帰還や。ただし、あんたらの記憶は、消去させてもらいまっさ!
今度こそ、全員が唖然呆然となった。
「何だと?」「そんな勝手な……」「記憶を消すってのか……?」
〝声〟は、あっさりと答える。
──しゃあないやないか! この世界での冒険の記憶を持たれたまま帰られたら、わてが干渉した、ちゅう事実が残るやろ。それは、まずいよってな……。ほな、皆様がたも、ご苦労はん……。
記憶を無くす……。
市川は思わず、洋子の身体を引き寄せ、全力で抱き寄せた。
この思いも消えてしまうのか?
風は益々びゅうびゅうと強まり、市川は意識を薄れさせていった……。