大広間
逃走した【導師】を追いかけ、市川たちは足音も高く、王宮の大広間に駆け込んだ。
いた!
【導師】は、一同に背を向け、蹲っている。もはや、通常の人間と同じほどだ。
「【導師】様……」
片隅から、恐る恐る、大公以下バートル国の人々が姿を表す。大公の横には、エリカ姫が付き従っている。
ゆっくりと【導師】が立ち上がった。ゆらりと、市川たちを振り向く。
「あんたは……!」
呆然と【導師】の顔を見て、市川は叫んでいた。【導師】の顔は、すっかり様変わりしていた。
「木戸さん……」
新庄が信じられないと言うように、首を振りながら呟く。
「やあ……」
少し照れくさそうに、【導師】の衣装を身に纏った木戸純一は挨拶をする。
もはや、そこには【導師】の姿は欠片もない。【タップ】の演出部屋で最後に見かけた木戸の姿があった。
いや、違っていた。木戸は市川たちと同じ、アニメのキャラクターになっていたのだ。
「やったぞ! おれも『蒸汽帝国』の世界へ来られたんだ!」
木戸は両拳を握りしめ、感動に打ち震える様子で呟いている。さっと木戸の視線が、大公の横に立っているエリカ姫へ向けられた。
「絵里香……」
エリカ姫の顔が、蒼白になった。
三村が無言でエリカ姫の側に近寄る。エリカ姫は無意識に三村の腕に自分の腕を預け、じっと木戸の凝視に耐えていた。
木戸の肩が僅かに下がった。
市川は呼びかけた。
「木戸さん、どういう訳だ? なぜ、あんたがここにいるんだ?」
木戸は、ゆるゆると首を振る。
「ずっと演出部屋で絵コンテを切っていた……。長かったなあ……。最初は、自分で絵コンテの内容を考えていたと思っていたんだが、そのうち、おれの考えじゃなく、あんたらの冒険をおれは書き写しているだけじゃないか、と思い始めて来たんだ!」
市川たちは、思わず顔を見合わせた。山田はゆっくりと話し始めた。
「それは、おれたちも同じだ。おれたちの冒険は、あんたの描いた絵コンテそのままに、動かされているんじゃないかと、思っていた。が、どちらも違うようだな……」
洋子が鋭く声を掛ける。
「それで、どうして木戸さんが、ここにいるわけ? 木戸さんは演出部屋にいたって、言っていたわよね?」
「そうなんだ」
木戸は軽く頷いた。
「コンテを描いているうち、おれもこっちに来たくなってね……。君たちが羨ましかった……。で、おれは考えた。絵コンテの内容を変えたらどうか、と! おれの考えは正しかった! おれは、ここにいる!」