深夜
時刻はすでに深夜十一時を半分過ぎ、真夜中である。
とはいえ、アニメ業界では、珍しくない。珍しいのは市川の若さだ。普通、もう少し上の年齢になってからなるものだが、市川はこの歳ですでにベテランであった。
何しろアニメ業界に飛び込んだのが、中学卒業と同時である。
大抵、高校を卒業して専門学校を通過してアニメ業界に入る例が多いため、ほとんどの新人は二十歳過ぎだ。
最初に市川を面接した動画会社の社長は、両親を伴って面接に来た市川を言下に断ろうと決意していたそうだ。
が、市川が持参したスケッチ・ブックを一目見て、仰天した。中学のころから描きためた市川のアニメ・キャラは、すでにプロと同等のレベルにあったのだ。
その場で就職が決まり、入って数ヵ月後には早くも原画を任されるほどだった。原画はアニメの鍵となる動きを表した絵であるから、相当な熟練と、観察眼が要求される。
市川を知る者は「神童」とすら形容した。
その市川が【タップ】の正面玄関に立ち、躊躇いがちに、制作室を窺っている。
制作室には人気が無く、天井の蛍光灯が煌々とした明かりを投げかけている。市川は玄関でスリッパに履き替え、制作室の中へ、ひょろりとした痩躯を踏み入れた。