馬車
騎馬隊の一騎が、どどどっ! と蹄を蹴立て、王宮へと急行していく。今の話を、大公に知らせに行くのだろう。
両国の和平という重要な案件は、騎馬隊ごときでは処理できない。大公と王子との間でなければ、話を進められないのだ。
やがて王宮の方向から、市川が最初に乗せられた馬車が近づいてきた。御者は狂ったように馬に鞭を当て、馬車は見るからに危なっかしい勢いで接近してくる。
ああ、大丈夫かな……と、市川が思った瞬間、馬車はカーブを曲がり損ねた。
大きく片側の車輪を浮かせたかと思うと、がくんと片方の車輪が外れる。
「お父様!」とエリカ姫が悲鳴を上げる。
馬車はへたへたとした動きで、あっちにヨロヨロ、こっちにフラフラと酔っ払ったような動きで近づいてくる。それでも奇跡的に横転は免れ、ようやく飛行船の側に停車する。
ばたん、と扉が開かれ、中から転げるように大公が姿を表す。相変わらず、目にも彩な、豪華な衣装を身に纏っていた。
大公は車に酔ったのか、千鳥足のように頼りなく、飛行船に近づいた。エリカ姫は三村の側から離れ、大公に駆け寄った。
ばったりと大公は道の小石に躓き、うつ伏せに倒れこんだ。姫は大公の側に膝まづいた。
「お父様! 帰ってまいりました!」
「おお……姫よ……!」
大公は泥だらけの顔を挙げ、滂沱と両目から涙を溢れさせた。姫は父親を抱き寄せ、暫く二人は、おいおいと泣き交わす。
感動の場面に、しんみりとした空気が漂った。
やれやれ……と、市川は肩を竦めた。
さてと……! 市川は視線を二人から外し、バートル国の王宮へと移す。
いよいよ【導師】のお出ましのはずだが……。