喪失
何も起きなかった!
魔法使いたちの振り上げた杖の先からは、微かな煙や、ぱちぱちと静電気のような音がするだけである。恐ろしげな電光や、燃え盛る火球など、一切、何一つ出てこない。
魔法使いたちは、見るからに狼狽し、それまで深く被っていたフードを勢いよく撥ね上げていた。
フードから出現した魔法使いたちの顔は、奇妙に同じように見える。まるで同じ鋳型から造られた、同じ顔に見えた。
禁欲的な表情、げっそりと痩けた頬。頭はつるつるに剃り上げていて、両目は狂的な光を湛えている。
「ば、馬鹿なっ!」
一人の魔法使いが呻いた。剃り上げた頭頂部から、べっとりと大量の汗が噴き出していた。
背後のバートル軍の兵士たちが、そろりと魔法使いたちに迫ってきた。視線は魔法使いたちが構えている杖に注がれている。
「どうしたのけ? あんたら、いつもの力は、どうしたんだあ?」
兵士の一人が、わざとらしいのんびりとした口調で声を掛けた。顔には嘲りの表情が浮かんでいる。
魔法使いの一人が、満面を朱に染め、怒りの形相も物凄く、兵士たちを睨み据えた。蟀谷には、ぴくぴくと太い血管が浮いている。
兵士たちは、魔法使いの怒りの視線に、僅かに浮き足立った。
「くわ──っ!」
魔法使いは絶叫し、杖を味方の兵士たちに向けた。
ぽ……!
目に見えるか、見えないか、判らないほど微かな煙が、杖の先から立ち上がる。魔法使いは焦り、何度も杖を振るが、効果は一切なかった。
これが市川の考えた「最終兵器」だ!
バートル軍の兵士に、物欲を生じさせた結果、魔法使いたちへの忠誠心が揺らいだ。欲望がバートル軍兵士たちを堕落させ、精神への支配から脱しさせたのだ。
「あんたら、力がなくなったんだ! もう、魔法使いでも何でもねえ!」
嬉しげな歓声が、兵士たちから上がる。兵士たちの視線には、憎しみが浮かんでいた。