欲望
兵士がステージに無理矢理ぐいぐい引き上がらされると、トミーはぴょんと一跳びで近寄り、手にしたマイクの筒先を突き出す。
「お名前を頂戴願います!」
「えっ?」
兵士は、ぎょっと仰け反って、まじまじとトミーを見つめた。トミーは少し、苛立つ仕草を見せた。
「お名前でござんすよ! ああたのお名前。お聞かせ下さいましな……」
兵士は、あわあわと口を虚しく動かした。やっと、絞り出すように返事をする。
「バド……」
「バドさんでござんすか! 男らしいお名前でござんすねえ~っ!」
トミーは大袈裟な仕草で、頭の天辺から劈くような甲高い大声を上げた。
バドと名乗った兵士は、真っ黒な顔を上気させ、視線をうろうろと彷徨わせている。どう行動していいのか、途方に暮れているようだ。
トミーはバドの耳元に口を擦り付けるようにして囁きかけた。もちろん、マイクを通しているので、トミーの言葉は一言たりとも残らず、はっきりと周囲に聞こえている。
「ああた、大変に幸運なお方でげすよ! 今、この時、この場所で、ああたに驚きのプレゼントを、お贈りしたいと思ってるんですよ!」
「プレゼント……」
バドは、目を剥き出した。欲望に、両目がぐいっと見開かれる。バドの欲望が刺激されたのを確信したのか、トミーは悪魔的な笑いを浮かべた。
その場から一歩さっと下がると、片手を大きく、円を描くように動かす。
たちまちフルバンド演奏が始まり、ステージの奥に奈落が開き、下からもう一つのステージが迫り上がって来た。迫り上がりに載せられたのは、数々の家庭用品である。
冷蔵庫、オーブン・キッチン、掃除機、洗濯機……。どれもこれも、流線型の優美なデザインで、ぴかぴかに輝いている。どの製品にも、太いパイプが繋がれていた。これは、蒸汽を動力源とする、家庭用蒸汽製品なのだ。
「ああたの生活を便利に、快適にする、わが蒸汽帝国自慢の品々! この冷蔵庫は、一ヶ月分の食糧を保存でき、冷たい氷を、いつでも提供できます! オーブン・キッチンは、固い肉でも、すぐに柔らかく、奥様の強い味方になりますぞ! さあ、こちらは蒸汽で動く掃除機と洗濯機! これさえあれば、ああたのお宅は、いつでも爽やか、ぴかぴかの新品のような毎日が約束されます!」
トミーはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、出現した蒸汽家庭用品の間を動き回り、早口に説明を続ける。
「それだけじゃ、ござんせん! こちらをご覧あれ!」
叫ぶと、ステージ下手から、どっしりとしたデザインの、豪華な四輪車が出現した。蒸汽自家用車だ!
「快適な居住性、どんな悪路も走破する、四つの車輪! そうです、蒸汽帝国特性の、自家用蒸汽自動車です! これさえあれば、どんな遠くへも、家族全員を乗せて連れて行けます。どうです、欲しいですか?」




