別人
すでにバートル国の兵士たちは、泡を食って退却を開始していた。しかし、転がっていく不定形の固まりは、意外な速さで接近していく。
固まりはねばねばとして、粘液のような性質を持っているらしく、転がっていく途中の小石や、砂利を吸いつけていく。
べちゃっ、と固まりが兵士たちの上に覆い被さった。
うわあーっ、とバートル国の兵士たちから悲鳴が上がっている。
ぐちゃぐちゃ、ねちゃねちゃした不定形のゼリーに絡め取られ、兵士たちはもがいている。
だが、足がべっちょりとした粘液に取られ、身動きがほとんどできないでいる。
味方の窮地を見て、粘液の攻撃を免れた他の兵士たちが駆け寄り、助け出そうと悪戦苦闘する。
しかし、粘液の吸着力は恐ろしいほど強い。引っ張り出そうとするが、ゼリーはゴムのように伸張して、救出の努力を完全に邪魔している。バートル軍の主力である、岩の巨人も粘液に捕まり、無力にされてしまっている。
スクリーンに見入っていたボルト提督は、背を反らし、思い切り高笑いを続けていた。
「わっ、はははははっ! 見ろ、あの見っともない格好を! いい気味だ! あれでは、どうあっても、脱出はできまい! ゆっくり料理できるわい……」
司令長官の椅子に座っている三村と、隣のエリカ姫は黙りこくり、ひっそりと見守っている。顔には一切、感情を表していない。
ボルト提督は、ちらっと二人を見て、慌てて目をスクリーンに戻した。
市川は、三村とエリカ姫の二人を見上げ、何か冷やりとした感覚に襲われた。
三村は、もう、完全に別人だ。かつての、オドオドとした、臆病そうな瞳は、今の三村の目には、欠片も浮かんではいない。
身も心もアラン王子になり切っているのだろうか?
すらりとした上背に、彫りの深い顔立ち。高い鼻と、ほっそりとした顎をした姿を見るたび、市川の心に「気をつけ!」と促す衝動が走る。思わず、背筋を正したくなる自分の気持ちを、市川は無理矢理どうにか押さえつけた。
あいつは、ただのアニメの制作進行じゃないか! 何の怯みがあるものか!