理由
二人が考え込んでいると、ドアを開けて洋子と新庄が入室してきた。洋子の手には、何やら銀食器らしきものを盆に載せて持っている。
洋子は室内に入る瞬間、ちら、と市川の方を見た。が、すぐ視線がそれ、わざとらしく無視を決め込んでいる。
あれから洋子と市川の間には、微妙な緊張状態が続いている。考えてみれば、エリカと市川は近々と顔を寄せて話しこんでいて、あらぬ誤解をされる姿勢ではあった。しかし、こうまで意地になって無視されると、市川も反発を感じざるを得ない。
洋子は努めて明るい口調で、口を開いた。
「これ、サモワールっていうんだって! 徹夜するんだったら、眠気覚ましが必要でしょ。これで、紅茶が沸かせるらしいわよ!」
山田は吃驚した表情を浮かべた。
「そりゃ、元々ロシアの食器だぞ! そんな設定、おれ、したかなあ……」
市川は新庄を見て、恨めしげな声になる。
「新庄さん。ここは【タップ】じゃないんだぜ。スケジュールは、どんなに延ばしても、誰も何も言わないんだ! それなのに、徹夜の覚悟させるつもりなのか?」
新庄は首を振り、笑い掛ける。が、目には一欠片も笑いはなかった。
「スケジュールを立てないと、お前ら、頑張って仕事する気にはならないだろ! いいか、明日までだ! 明日まで、何が何でも、設定を終わらせろ! いいな?」
市川は悟っていた。今まで、何で新庄が、この冒険に加わっていたのだろうと疑問だったが、やっと氷解した。
尻叩きが、新庄の役目なのだ。
悔しい。だが、新庄の決めつけを否定する言葉が、市川には見つからなかった。