記憶
やがて、ゆっくりと一同に顔を向けた。
市川は「はっ」となった。
三村の表情は、王子様の役割を演じていたときと、全く同じだ。
「僕……この世界が好きになってきたんです……!」
三村の言葉は、絞り出すようであった。それでも背後に「梃子でも動かないぞ!」という決意が溢れていた。
三村の両手が、ふらふらと彷徨った。
「僕、以前の生活を思い出せなくなっているんです。三村健介という名前は覚えている。でも、どんな部屋に住んでいたか、どんな仕事をしていたか……全然、少しも思い出せない。それに……両親の顔すら思い出せないんです! 両親という言葉で思い浮かべるのは、ドーデン帝国の皇帝陛下と、皇后陛下の顔だけです。僕は、完全に、この『蒸汽帝国』で生きている! 僕の帰る場所は、ドーデン帝国の王宮なんだ!」
市川は、足下が崩れていく気分を味わっていた。三村の言葉は、完全に三人を打ちのめしていた。
山田が青ざめつつ、三村に訊ねた。
「それでは、おれたちの目的は……」
三村は、真っ直ぐに山田に顔を向けた。
「もちろん、あなたがたの目的には、全面的に協力しますとも! あなたがたがいなければ、この戦争はドーデン帝国の勝利を確定できませんからね!」
市川は度を失っていた。
「せ、戦争っ? 三村っ、お前、何を……」
三村は、わざとらしく目を反らす。思い入れたっぷりに顔を戻すと、平然と言い放った。
「お忘れですか? 現在、ドーデン帝国と、バートル国は戦争状態にあるのです。飛行船は、味方の空軍と会合地点へ向かっています。しかし、まだドーデン王立空軍は存在していません。なぜなら、あなたがたが設定をしていないからです!」