感化
エリカ姫の視線が、探るようなものになった。
「あんた、平ちゃん……よね?」
「そうだ、新庄平助。思い出したか? 君は田中絵里香……。違うかな?」
エリカ姫……または絵里香の目が大きく見開かれた。おずおずと右手が挙がり、自分の額をごしごしと擦る。
「あたし……あたし、何をしたの? どうして、ここにいるの?」
新庄は辛抱強く続ける。
「君は、ここにいる三村君……アラン王子に切り掛かったんだ。殺そうとしていた。憶えていないのか?」
絵里香の視線が三村に向かう。一瞬、憎しみの表情が浮かぶが、すぐに消えた。
「あ、あたし……! そう、アラン王子を殺そうと……ドーデン帝国は妾のバートル国を狙っている! 者ども! 出会えっ! 妾と共に戦おうぞ……!」
途中から絵里香の口調が切迫したものになったが、最後に「はっ」と我に返った。
「今の、あたしの台詞? あたしが言ったの?」
山田が、首を振った。
「相当、この世界に感化されているな。本来の自分を、エリカ姫という役割が、覆い被せている」
絵里香は眉を寄せた。
「この世界? この世界って、何?」
新庄がゆっくりと言い聞かせる。
「木戸さんの『蒸汽帝国』だ。おれたちは、木戸さんの描いた『蒸汽帝国』の中にいる」
絵里香の唇が「純一?」と、音もなく動いた。すぐさま全身が弾けるように跳ね上がり、すっくと立ち上がる。
「違うわっ! あれは祐介の『蒸汽帝国』よ! あいつなんか、祐介の原作をなぞっただけじゃない!」
その時、三村が口を開いた。
「教えて下さい。なぜ、僕を殺そうとしたのですか? ドーデン帝国が、あなたがたのバートル国を併合しようとしている、などという考えは、どこから湧いて出たのです?」
絵里香はポカンと、虚脱したような表情になった。
「それは、導師様が……」