威厳
その時、やっと自分が担いだままの、エリカ姫の存在に気付いた。床に降ろし、新庄に借りたマントを広げると、ぐったりとなったエリカ姫が寝そべっていた。
「拉致しちまったのか? 大丈夫か?」
山田が心配そうな声を上げた。「大丈夫か」とは、余計な真似をしたのではないのか、という疑問である。
市川は、山田の問い掛けに小さく頷いた。
「かもしれない。でも、あの時は、いい思い付きだと思ったんだ。自分でも、どうして攫っちまったのか、判らねえ……」
「何を言っておるのか! 人質だぞ! これで、わが国は、バートル国と有利な取り引きを行える!」
当然、とばかりに、騎馬隊長がふんぞり返った。エリカ姫を見下ろす騎馬隊長の視線には、一欠片の憂慮など見当たらない。
「諸君!」
その時、三村が毅然とした表情で、騎馬隊長と市川の間に割り込んだ。騎馬隊長は、三村の声に、ぴしっと全身を緊張させる。
「わたしは、これから、エリカ姫に前後の事情について、質問を行いたいと思う」
三村は言葉を切ると、騎馬隊長の顔をじっと見詰める。騎馬隊長は、ポカンと口を開け、まじまじと三村を見つめ返した。
「し、しかし、尋問は、我ら殿下の護衛の人間で、行うのが通例ですぞ!」
三村は、ゆっくりと首を振った。
「仮にも、エリカ姫は、わたしの婚約者です。正式に婚約解消をするまでは……違いますか? ですから、わたし自ら、エリカ姫に尋ねるのが礼儀でしょう」
「れ……礼儀ですと? この娘は、殿下のお命を狙ったのですぞ!」
騎馬隊長は顔を真っ赤にさせ、憤慨の表情になった。が、三村は穏やかな眼差しで、じっと見詰めるだけである。
やがて、がっくりと隊長の肩が下がった。
「判りました……。殿下にお任せいたそう」
まさに、アラン王子の威厳である。
市川は、だんだん、三村が本当の王族に見えてきた。
そんな馬鹿な!
市川は瞬時に、自分の感想を否定した。が、どうにも、三村の顔を見ていると、心の中で背筋を正す思いを抑え切れなかった。