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引き上げ
足音に気付き、姫が顔を捩じ向けた時には、すでに遅かった。市川は新庄のマントを、大きく広げ、すっぽりと姫を覆っていた。
市川の右拳が、姫の鳩尾に決まっていた。腕の中で、姫の身体がくたりと力を失うのを感じる。
市川は我ながら驚いていた。自分にこんな技があるとは、思ってもいなかった。無意識に身体が動き、熟練の戦士のように当て身を食らわしていたのである。
しかし鳩尾に当身を食らわしただけで、相手が気絶するわけはない。息が詰まって、行動の自由を奪うかもしれないが、これで気を失うなどありえない。これもアニメの嘘……いや、ドラマの嘘だろう。
姫の身体を担ぎ上げ、市川は城から飛び出した。城の前庭には、一行をここまで送ってきた馬車が停まっている。
「引き上げ──っ! 飛行船へ帰還する!」
騎馬隊長が喚き、一行はまっしぐらに馬車に飛び乗っていく。三村は兵士たちに守られ、馬車に押し込められた。
新庄は身軽に御者台に飛び乗ると、立てかけてある鞭をぴしりと鳴らす。
馬が嘶き、馬車が動き出した!
城下町を全速力で駆け抜け、飛行船を目指した。