焦り
市川は無我夢中で飛び出していた。
ちらりと視界の隅に、洋子も同じように飛び出すのを認めていた。
がきーんっ! と三人の剣が交錯し、危うく市川は、三村の脳天に殺到した姫の剣を受け止めていた。
姫は背後の護衛兵たちに叫んでいた。
「皆の者! このアラン王子は、ドーデン帝国の尖兵ぞ! 妾との婚儀に託け、いずれはバートル国を併合しようとする、意図は明らかである! 国を愛する気持ちがあれば、妾と共に戦うべし!」
それまで呆然と突っ立っているばかりだった護衛兵の間に、姫の喚き声は電流のように貫いた。
ふらふらと彷徨っていた柄に置かれた手が、がっしりと握りしめられ、ざあっと津波のように剣を抜き放つ。
「うぬうっ!」と、騎馬隊長は興奮に顔を真っ赤に染め、剣を引き抜いた!
「者供っ! 王子をお守りしろっ!」
わあっ! と一斉にドーデン側の護衛兵たちが叫び返し、バートル国側に突進する。
がきーんっ、ちゃりーんっ! と、広間に数十人が一斉に切り結ぶ剣戟の音が響いた。
市川と洋子は、夢中になって三村を守りながら、エリカ姫の攻撃を受け止めていた。
「ま、待てっ! 戦いはならん!」
広間で、ターラン大公がおろおろ右往左往しながら、弱々しい叫び声を上げていた。
だが、もはや誰も、大公の叫びに耳を貸す者はいない。
糞! どうすればいいんだ……。
市川は、大いに焦っていた。
姫の攻撃を受け止め、刃を受け流す。だが、ただただ防御に徹するだけで、逆襲など考えも浮かばない。