事情
迎えの役人はドットと名乗って、話し好きらしかった。
城下町を馬車が通り過ぎると、沿道には町の人間が勢ぞろいして、物見高い視線をこちらへ向けている。ドットは三村に向き直り「お手を振って下され! 未来の国王陛下に対し、町民どもは歓迎しておりますので」と勧める。
言われて三村が馬車の窓から手を振ると、町民たちは熱烈な歓迎を表す。わあっ……と歓声が上がり
「ばんざーい! ばんざーい!」と声を上げ、手を盛んに振り返した。
市川はドットの言葉を聞き咎めた。
「未来の国王?」
ドットは、当然とばかりに頷く。
「わがバートル国においては、国王の血筋が絶え、摂政閣下が政治を司っておられますので。しかし、国王がいらせられない状況は、どうにも具合が悪く、それでドーデン帝国との友誼で、アラン王子殿下に白羽の矢が立ったので御座います」
「それじゃお姫様というのは? 御姫様が王位を継いで、女王様になればいいのに」
洋子がドットに尋ねる。表情には、好奇心が剥き出しになっていた。洋子の、ゴシップ好きの感情が刺激されたのだろう。
ドットは丁寧に答えた。
「摂政閣下のご息女で御座います。わが国では、女子は王位を継げませぬ。あくまでも、男子のみが、正式な後継者となります。前王は、ドーデン帝国の血筋のお方であらせられましたが、ご不幸にも、ご結婚前に薨去なされました。それで、ドーデン帝国より、アラン王子殿下をお迎えする仕儀となります」
初耳だった。市川の隣で、食い入るように城下町の家々を眺めていた山田は頷き、小声で市川に説明した。
「十九世紀末の、大英帝国と似た事情があるのさ! 当時、英国はビクトリア女王の治世にあったが、デンマーク、プロイセン、スエーデンなどの王国には、ビクトリア女王の子供が多く婿入り、嫁入りしていた。それで大英帝国は、欧州において、確乎とした地位を保っていた。日本の戦国時代も同じだ。つまり、閨閥というやつだな」