空想
木戸は驚きに、目を見開いた。
「アニメの世界が、本物の世界になろうとしているって? どういう意味だ?」
──つまりやなあ……。どう言うてええか判らんが、大勢の人が一つの物語を共有するとしますわな? あんたの『蒸汽帝国』も、沢山のファンがついて、同じ夢を共有しております。それで、世界が誕生しましたんや!
「それじゃ、人間が色んな空想をすると、その空想が別の次元で実体化するのか?」
──全部、とはいきまへん。たった一人で、妄想しても、それは泡のごとく消えてしまいます。しかし、同じ空想を、沢山のお人が共有すると、その世界は実際に存在するようになるんでおます。ただし、その世界へ現実世界の人間が入り込む、ちゅうのは、でけまへんがな……。例外を除いて……。
「例外?」
木戸は呟くと、立ち上がり、演出机に貼られているキャラクター表を見詰めた。
キャラクター表を指差し、叫んだ。
「このキャラ表にあるのは、市川、洋子、三村、山田たちだ! あいつら『蒸汽帝国』の世界に入っているのか? 冒険をしているのは、あいつらか?」
キャラ表の主要人物は、市川、洋子、三村、山田の似顔になっている。さらにサブ・キャラとして新庄、絵里香の似顔もあった。
──言えまへん……。とにかく、あんたは、真面目に絵コンテを完成させなはれ。それが、一番大事や……。
〝声〟は遠ざかる。木戸は一歩、踏み込むと、両手を掲げ、泣くように喚いた。
「おれも連れて行ってくれ! 絵里香のいる世界へ、おれも行きたい!」
しかし応えはなかった。〝声〟の気配は、ふっつりと跡絶えている。
ばたり、と木戸は机に突っ伏し、啜り泣いた。
「絵里香……、お前に会いたい!」