手遅れ
木戸の部屋は、乱雑で、足の踏み場もない。仕事部屋は、アシスタントのために、何組もの机と椅子が置いてあったが、今は木戸一人だけだ。
窓際にある木戸の机に駆け寄ると、描きかけの原稿用紙を取り上げた。ペンも入っておらず、下書きのままである。
「どういう訳? 今夜中に原稿を完成させる約束よね? あたし、編集長に直に命令されているのよ。何が何でも、あんたのところから、原稿を持ってこいって! 一枚も完成していないじゃないの!」
絵里香の詰問に、木戸はぺたりと座り込み、小さく身を縮こまらせているだけだった。ゆっくりと何度も首を振った。
「お……おれ、描けねえ……。先を続けられないんだ。話が思い浮かばねえっ!」
絵里香の頭に、音を立てて血が逆流した。
「何、子供のような言い訳、しているのっ? 祐介の原作があるでしょうっ!」
木戸の顔がくしゃくしゃと歪んだ。
「もう、ねえよ……祐介の原作は、終わってるんだ……。後を続けようと、精一杯、必死に考えた。でも、どうやっても、おれには話を作るって才能がないんだ……」
だんっ! と絵里香は足踏みした。
「それじゃ、原作を、他の人に任せるって、手があったじゃないの? 何で、それを言い出さないの? もう、完全に手遅れよ!」
うわあああ……と、木戸は手放しで泣き喚いた。絵里香は呆然となって、木戸の机を引っ掻き回した。一枚でも、完成原稿が隠れてないかと思ったのだ。