覗き穴
場面は夜中の住宅街になった。街灯の明かりの下を、絵里香が肩を怒らせ、大股に歩いている。目には怒りが燃え、口許はきゅっと引き絞られていた。
新庄のナレーションが被った。
「絵里香は在学中に、雑誌の編集部にアルバイトとして入り込んだ。『蒸汽帝国』を掲載している漫画雑誌の編集部で、木戸の知り合いという関係で、原稿の回収の役目を絵里香は任された」
絵里香は三階建ての、外階段のついた集合住宅玄関に立つ。目を上げ、窓に明かりが灯っているのを確認すると、勢いよく階段を駆け登っていった。
ドアの前に立ち、インタホンを押す。
室内でチャイムが鳴っているが、返事はなかった。絵里香はドアの覗き穴を睨んだ。
ふっと覗き穴が暗くなる。
絵里香は叫んだ。
「純一っ! そこに隠れていないで、開けなさいよっ! いるんでしょっ?」
さっと覗き穴が明るくなった。
穴に目を押し当てていた木戸が、慌てて身を引いたのだ。
絵里香は思い切り、ドアを蹴飛ばした。
がん! もう一度。ぐわん! と、大袈裟な音が深夜の住宅街に響く。
「開けないと、朝まで続けるからね!」
「わ、判った……」
蚊の鳴くような心細い声が聞こえ、開錠音がして、僅かにドアが開く。
絵里香はドアノブを両手で握りしめ、閉じられないよう、力任せに開く。
わわっ、と木戸が外へ飛び出してきた。どてん、と見っともなく転ぶと、青ざめた顔を絵里香に向ける。
「え、絵里香……」
「入るわよっ!」
返事も待たず、絵里香は土足のまま、ずかずかと木戸の仕事部屋へと踏み込んでいく。