指きり
「えっ?」
新庄の言葉が、絵里香には意外だったらしく、目を丸くしたままでいる。木戸も、新庄を見詰めた。
「祐介だったら、言うかもしれないな。名前を出さなくてもいい、と。どうだい、絵里香。祐介の性格、君ならよく知っているんじゃないのか?」
新庄は最後のセンテンスに意味を込めるように強調し、ちらりと木戸を見た。
木戸は新庄の言葉に、顔を真っ赤に染めている。顔を背けたまま横目で絵里香を盗み見しているが、視線には嫉妬がめらめらと燃え盛っていた。
ふっと絵里香の勢いが萎む。
「そうね……。祐介だったら、言いそうな台詞ね。あの人、原作者の名前云々なんか、全く気にしない人だったから……」
顔を挙げ、もう一度きつい眼差しになると、木戸に対し、言葉を浴びせかける。
「いいわ、もうゴチャゴチャ言うのは、やめるわ! だけど、約束なさい!」
木戸は怯えた視線を、絵里香に向けた。
「や、約束?」
「そうよ! 祐介の『蒸汽帝国』を、絶対に完結させるって約束するのよ! あれは未完の大作なんだから……。途中で放り出すなんて、あたし、許さないっ!」
暫し、三人の間を重苦しい静寂が支配した。
新庄が木戸の脇腹をつついた。
「おい!」
木戸は弾かれたように、頷く。
「わ、判った……。きっと、完結させる。約束だ!」
木戸は大きく息を吸い込むと、一歩、絵里香に近づいた。
指――小指を近づける。
「指きり、しよう……。約束の……」
絵里香は不審そうな表情になるが、やがて晴れやかに頷いた。
「ええ! 指きり! 約束よ!」
木戸と絵里香の指が絡み合う。指きりの動作が終わっても、木戸は絵里香の指から自分の指を離そうとはしなかった。
「ちょ、ちょっと!」
絵里香が再び怒りの表情になり、木戸は慌てて指を離した。じっとりと、粘っこい視線で絵里香を見つめる。
ぞくっと絵里香の顔は蒼白になった。くるりと背を向けると、言葉もなく走り去る。木戸は絵里香の後ろ姿を、じっと見送っていた。
新庄は不安そうに、そんな木戸を見守っていた。