咳
絵里香は、きりっとした目付きで、木戸と新庄を睨んだ。
「平ちゃん、それに、純一! あんたら、平気なの? 祐介は無理している。あんたらに義理立てしてね! 帰って寝ろよ、と言うのが、本当の友達じゃないの?」
絵里香の言葉に、新庄と木戸はもじもじとバツの悪そうな顔を見合わせた。新庄は祐介に対し、おずおずと声を掛ける。
「なあ、絵里香の言葉も、もっともだ。帰って寝ろよ。後は、おれたち何とかするから」
祐介はうっすらと笑いを浮かべた。なぜかしら、透明な笑いであった。
「そんな強がり言ったって、おれにはちゃーんと判ってら! 純一は、おれがいねえと、コマ割り一つできねえ……。平ちゃんだって、漫研に所属はしてるが、へのへのもへじ一つ、満足に描けねえのは知ってるよ! いや、駄目だ! 編集部に持ち込むまで、おれはここを離れねえぞ!」
その時、祐介は突き上げる咳の衝動に、身体を投げ出すように倒れこんだ。
げほげほ! がほがほと恐ろしいほど、祐介は苦しそうな咳き込みを続けた。
祐介は震える手で、吸引器を取り上げ、口に持っていく。新庄は、慌てて、祐介の手を押さえた。
「おいっ! 祐介っ! そいつは、一遍に何度も使っちゃ駄目だって、医者に言われているんじゃないのか?」
「いいんだ……」
意固地になった祐介は、吸引器を口に咥える。すーっ、はーっと何度も吸い込んだ。
ぜいぜい、ごろごろと祐介の喉が鳴る。
絵里香は眉間に皴を寄せ、沈痛な面持ちで祐介を見守っていた。
そんな絵里香を、木戸は熱い眼差しで見詰めていた。




