軽飛行機
二人の会話は、すぐ間近にいる市川以外は、聞かれていない。
女は背後から殺到する兵士に気付き、再び動き出した。目の前の新庄を、どん、と突き飛ばし、そのまま通路をまっしぐらに駈けて行く。
「捕えよーっ! 逃がすなーっ!」
騎馬隊長が両手を振り回し、叫んでいる。
市川は先頭を切って追いかけた。
女は通路を全速力で駆け抜け、船首部分へ急いでいた。横道へ飛び込んだ女を追い、市川も通路を辿る。
横道のどん詰まりには、飛行船に繋留されている軽飛行機に乗り組むタラップがある。
女は勝手知った動きでタラップを駆け下りると、軽飛行機の操縦席に飛び込んだ。
ちらりと、女は市川を振り向く。
気がつくと、市川の背後に新庄が立っていた。新庄は女に向け、叫んでいた。
「君もか? 君も、この世界へ呼び寄せられたのか?」
女は「訳が分からない」といった表情になった。が、すぐにきっと前に向き直ると、繋留レバーをぐいと引いた。
がちゃん、と軽い音を立て、軽飛行機が飛行船から離脱した。
ばすん、ぶるぶるぶる……というエンジンの音が聞こえ、軽飛行機はプロペラを回転させ、空中に飛び出していた。
「糞っ! 逃がしたかっ! 暗殺者が乗り組んでいたとは、不覚……」
騎馬隊長が、悔しさに奥歯をギリギリと噛みしめ、叫んでいた。