表紙
プロデューサーの話を聞くうちに、市川の胸にも危惧が湧いた。
なんと、木戸はシナリオも自分で起こす、という。木戸は自分の原作による『蒸汽帝国』のアニメ・シリーズによって、自らのクリエイターとしての成功に賭けているようだった。
市川の前にも、何人かの作画監督経験者に打診があったらしい。市川は様々なルートを使って、打診があった作画関係者に話を聞いたところ、やはり木戸は絵コンテ制作でスケジュールを大幅に伸ばして、すったもんだを繰り返しているとの噂が流れていた。
断ろうと決意していた市川だったが、プロデューサーのしつこい懇願に、つい首を縦にしてしまった。市川はそんな人の良さがある。
しかし今は、後悔が津波のように押し寄せる。やっぱり、断るべきだった!
市川は『蒸汽帝国』の単行本を手にし、表紙に見入る。
タイトル通り、無数の配管や、シリンダー、タービンなどが錯綜する中に、主人公たちが巨大な敵を向かい撃つべく、ポーズをとっている。
敵の姿はシルエットとなって、よく見えない。恐らくクライマックスの場面であろうが、原作はそこまで行き着く前に連載を終了してしまっている。
市川と山田の設定画は、原作から相当部分インスパイアされている。が、設定の打ち合わせの際、木戸は二人に「原作にあまり捉われなくとも良いですよ」と大幅なフリー・ハンドを与えてくれていた。そうなるとノッてしまうのが市川であった。
嫌々ながら作画監督を引き受けたが、いざキャラクターを設定すると、自分でも不思議なほど愛着が湧いた。
おそらく、山田も同じ気持ちだろう。