設定作業
何だか、これ以上しつこく我を張るのが馬鹿らしくなり、市川は山田と机を並べ、設定作業に入った。
新庄が執務室に〝声〟が寄越した動画用紙の束を保管しておいたので、それが作画用紙となった。
「どっちが表だ?」
市川は紙を取り上げ、明かりに透かして見た。
用紙の表と裏では、描き味に、微妙な差がある。表側は滑らかで、裏側はやや毛羽立っている。どちらが描きやすいかは、人それぞれであるが、市川は表側を好んでいる。
鉛筆は、できたら三菱のユニ4Bが望ましい。市川は筆圧が高いので、HBなどの硬いやつでは、先がぽきぽき折れてしまう。
本当だったら、作業中に音楽を鳴らしているのだが、今はプレイヤーもお気に入りのCDもないので、しんと静まり返った飛行船の客室で作業に取り組んでいる。
以前、山田から聞いたが、やはり静寂の中で作業をするのは苦手とかで、山田はテレビの音を背景音としているのだそうだ。テレビの会話は中身がないから、かえって気が散らないのだという。
「山田さん、どんな線で行く?」
山田に質問すると「そうだなあ」と両手を首の後ろに回し、天を仰いだ。
「今までがスチーム・パンクの世界観でやってきたから、がらりと内容を変えてはどうかな? 例えば、魔法が使える世界だったら」
「設定を変えるのか?」
市川は吃驚した。そんな変更、監督との打ち合わせなしでやって、いいのだろうか?
「まあ、木戸さんがいないしな。それに、同じような世界観では、視聴者に飽きられる」
山田はニヤリと笑い返した。山田の悪戯っぽい表情を見て、市川もノッってきた。
「そうか……もし、木戸さんが絵コンテをどこかで描いているなら、おれたちの設定をどう料理するか、楽しみだ!」




