打診
市川が木戸純一が総監督を務めるアニメの新シリーズ『蒸汽帝国』の作画監督就任の打診を受けたのが、先々月である。
『蒸汽帝国』とは、木戸が学生時代に投稿したマンガのタイトルで、すぐにマニアの間に評判になり、連載が決まった。
木戸の描いたキャラクターは、それまでのマンガに存在しない描写で、すぐに模倣者が現れるほどだった。
が、すぐ連載は打ち切りになった。
理由は、木戸のストーリー進行の、能力の欠如であった。壮大な世界観を打ち出したのは良かったが、すぐに木戸は煮詰まってしまい、投げ出したのである。
当然、木戸は漫画家としてやっていけなくなるところだった。ところが、木戸の画力をアニメ業界が放っておかなかった。漫画業界からアニメ業界の、キャラクター・クリエイターとして転進した木戸は、一応の成功を収めた。
しかし、マニアは『蒸汽帝国』を忘れていなかった。
『蒸汽帝国』のファン・クラブが発足し、様々なメディアで活動が始まった。尻切れトンボに関わらず、いつの間にか『蒸汽帝国』は伝説の名作となっていた。
アニメ化の企画が持ち上がり、原作者の木戸は自分が監督をするなら、という条件を出した。アニメのプロデューサー、スポンサーなどは危ぶんだが、木戸は頑として自分の条件に固執した。広告代理店が間に入り、木戸の監督就任が決定されたのである。
華々しく『蒸汽帝国』の制作発表会がなされ、その頃に市川は「作画監督をやってくれないか」とプロデューサーに口説かれた。