出社
「お早う御座います……」
都内某所、杉並区の青梅街道から少し奥まった住宅街にあるアニメ制作会社【タップ】のドアを開け、市川努は、そろりと顔を制作室に突き出した。
ガラス・ドアには、尖がった頭と、尖った耳、吊り上がった細い目をした子供の顔が浮き彫りになっている。【タップ】のシンボル・キャラクターだ。
「お早う」とは声を掛けたが、時刻は真夜中である。
アニメ業界では、昼だろうが、夜だろうが常に「お早う御座います」と挨拶をするのが慣わしだ。
身長百六十五センチ、体重は五十キロを切っている。なんとも形容のしようがない色合いのジャージの上下に、肩からは重そうなショルダー・バッグを掛けている。
両目はぎょろりと大きく、やや前屈みの姿勢と、顔に架けている古臭い黒縁の眼鏡のせいで、どことなく昆虫っぽい雰囲気を漂わせていた。
顔付きは、まだ高校生に見えているが、実際のところ、今年で二十二歳になる。
職業は作画監督。
今回【タップ】が制作する、新シリーズの作画監督を引き受けている。今夜が、第一話の打ち合わせである。市川は社内に入室するため、カード・キーを取り出し、セキュリティ・システムに通した。最近、アニメ会社の多くが、こんなセキュリティ・システムを採用している。