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君のライバルとして



 響く。晃雅の周囲三メートル以内で起こる、火を伴わない不可解な爆発音が響く。


 襲う。アクロバティックな動きで避け続ける晃雅を、特異な爆発が襲う。


 おかしい。晃雅の高い魔術耐性を突き破ってダメージを与えるこの爆発が、簡単な詠唱もなしに、無詠唱で、突発的に、起こり続ける現状は、おかしい。



 走る。爆発をものともせず、晃雅は視線の先にいるいつか目掛けてひた走る。


 殴る。身体を沈み込ませ、反動をつけてアッパーカットを顎に繰り出し、全力で殴る。


 それでも、おかしい。繰り出された右拳はいつかの顎辺りに出来た歪みに吸い込まれ、ダメージを与えることなど叶わないのは、非常におかしい。



 そんな意味の分からない状況に追い込まれ、危機を感じたのだろう。歪みに吸い込まれた右拳を引き抜きつつ、さらに攻撃を続ける。

 その攻撃は、相変わらずいつかにダメージを与えることはないが、代わりに爆発も起こらない。それも当然だろう。素手で攻撃できるほど、晃雅は近くにいるのだ。そんなところで爆発を起こせば、自分まで傷つくのは目に見えている。


 爆発のせいで近づけなかったが、今、晃雅はいつかに肉薄し、連撃を続け、魔術を使う暇も与えていない。よって、この不可解な現状についての考察が出来る。………そう考えたのがまずかったのだろう。なぜなら、いつかは魔術を使う暇も与えられていないにも関わらず、晃雅の殴りや蹴りを全て歪みに吸い込ませることを可能にしているのだ。それはつまり、魔術を使っているということ。晃雅は、現状の不可解さに気を取られ、この事実に気付くことが出来ないらしい。


「甘い、甘いよ。失望させないでくれ。《ストーム・カッター!》」


 それなりに動き、晃雅の攻撃を軽くかわしながらも、いつかは右手を晃雅へ向けた。


―――唐突に巻き起こる風。鋭い風の刃を伴うそれは、晃雅を数メートル吹き飛ばすには充分な風量だった。


 さらに、吹き飛ばされて身動きの取れない晃雅に、例の爆発が襲う。腹部で爆発を起こし、晃雅は激しい衝撃と共にさらに後方へ飛ばされた。


 身を低くして両手を地につき、ズサァっと摩擦させて勢いを落としながら、晃雅はいつかの方を向く。その表情は、傷つけられたことに対する不満と焦燥で埋め尽くされて…………………いなかった。

 むしろ逆。彼の表情は、不敵な笑みと自信に満ち溢れていた。


「なっ?! なんだ、その顔は??!」

「気付いていないようだな」


 晃雅はニヤリと笑い、指をパチンっと鳴らす。


「とりあえず、この気持ち悪い空間から抜け出そう」


 瞬間。晃雅の身から大量の魔力が放出され、また取り込まれるという特異な作業が行われ始める。普通なら意味のないその作業。だが、現状ではとても意味のある作業だった。

 晃雅の纏う魔力はどんどん勢力を広げ、白い靄だったこの空間を押しのけていく。それに伴って、晃雅の魔力は視認出来る光となり、いつかの目を焼く。思わず目を閉じた。そして――。



 いつかが目を開けると、そこは自分が空間を創り出す前となんら変わりない森の中だった。――ありえない、魔力放出だけで空間を破壊したとでも言うのか? いつかはそんな疑問と焦燥に襲われた。


「おかしい、か?」


 不意に聞こえる晃雅の声。ここで、いつかはいつの間にか自分が思考の海に沈み、警戒など全くしていないことに気付く。

 慌てて構えるが、そんな暇は無いようだ。次の瞬間には地にねじり伏せられ、後ろ手に捻られながらうつ伏せにさせられていた。

 捻った腕に力を込め、いつかを脱出させないようにしながら、晃雅は問う。


「お前に一番適正のある魔術は、“空間魔術”だろう?」


 ハッとする。確かに、自身の支配する空間に連れ込みはしたが、それは直前に投げた札のせいだと考えさせるようにしたはずだ。それに、火を伴わない爆発魔術だって、空気を思い切りはじけさせる風魔術として認識させることが出来ていたはずだし、その他にも《ストーム・カッター》という明らかに風属性である魔術も使っている。

 ………いつかは、空間魔術に適正があることに気付かれるとは、思いもしなかった。


「お前は、自身の爆発魔術を、自ら“風魔術”だと言って、適性は風だと信じ込ませようとした。先ほどの空間に連れ込んだ時も、札を利用して魔術を行使し、“空間魔術”は札という補助がなければ行使出来ないと思うように仕向けた」


 晃雅の言葉に、いつかの表情はどんどんと蒼白なものに変わっていく。……全て図星なのだろう。

 あいにく、晃雅はその表情を確認することはなかったが、構わずに続ける。


「だが、本当は違う。お前は風魔術も使えるようだが、適正が一番あるのは“空間”だ。最初の爆発だって、“空間”によるものだろう? 密閉空間を創り、それを極限まで圧縮し、瞬時に解放する。密閉空間の中で圧縮された空気は、もとの体積に戻ろうとして………四方八方に激しい風を撒き散らす。それが爆発みたいに見えるんだろう」

「な、んで、わかった?」


 腕を捻られ、かなりの痛みを感じながら、いつかは先を促した。それほどに、自分の魔術と騙しに自信を持っていたのだろう。


「お前の《ストーム・カッター》だったか? それのおかげで気付いたんだ」

「それはどういう……」


 いつかの栗色の髪に隠れ、晃雅からは彼の表情を窺い見ることは叶わないが、それでも彼の表情が疑問で埋め尽くされているであろうことは、容易に推察出来た。


「あれは、純粋な風の魔術だった。今までの爆発魔術も、お前の言う通り風属性のものだと信じて疑わなかった。だが………あの空間の中で、いままで詠唱もなしに魔術を使っていたというのに、《ストーム・カッター》だけは魔術名を呼び、効果を発動させていた。おそらく、お前の使える魔術の中でも高位に値する魔術だったんだろうな。……にも関わらず、あの魔術で俺が受けたのは、風による衝撃のみ。同時に生じていた風の刃の効力は、ほぼゼロだったんだ。さらに言えば、その次にわざと(・・・)あたった爆発は、《ストーム・カッター》なんか目じゃないほどに効いたことも、俺が気付くための決定的証拠になったよ」


 最初に俺を惑わせた魔術も、空間魔術らしい効果を発揮していたしな、と晃雅は続けた。


 晃雅の説明。それ自体は、他の誰が聞いても完全に理解することは難しいだろう。だが、晃雅の魔力耐性についてと、自身の魔術の特性について把握しているいつかには、ある程度理解することが出来た。


「つまりこういうことか。魔術によって引き起こされた現象である《ストーム・カッター》は、君の魔術耐性によって効力を弱められたけど、僕の引き起こす空間魔術による爆発は、魔術によって引き起こされた空気の圧縮という現象が、自然法則に従って爆発を引き起こしたものだから、魔術耐性など関係なくダメージを与えた。そのせいで気付かれたと、そういうわけだな?」


 いつかの確認は、概ね間違っていない。晃雅の魔術耐性は、魔術によって直接引き起こされた魔術に対してしか、耐性を持っていないのだ。それ故に、空間魔術による爆発は効いたというワケだ。

 いつかは満足そうに頷き、今さらながらに晃雅に訊ねる。


「と、話し込んだけど………そろそろ離してくれないかな? 僕の負けだよ。それを認めるから離してくれ。痛い」


 そう、晃雅は未だにいつかをねじり伏せていたのだ。警戒は怠るべきではないし、離すべきではないのかもしれないが、晃雅はいつかがもう戦意を喪失していると判断し、彼を手放した。そもそも、“力比べ”が目的なはずなので、負けを認めたあとに攻撃する利益は皆無だろう。


「ふぅ、痛かった。………さて、君って急いでたよな? いろいろ訊ねたいこともあるんだ。この課題、協力して臨まないか? 君のやりたいことも手伝うから」


 晃雅としても、協力者を手に入れることが出来るのは非常にありがたい。彼もいつかの案に同意した。


「頼む。幼馴染を探していてな。特徴は………」


 咲良の特徴を告げた。ついでに、一緒にいるかもしれない海斗の特徴も教える。


「ん、了解したよ。…………それと、探す前に一つ質問したい。なんで、あの空間を破れたんだ? あれは、空間を維持している魔術師の詠唱を簡易的なモノにする魔術なんだが……そこまでボロいものではなかったはずだぞ?」

「ああ、あの空間な。ああいう魔術は、術行使者の魔力で構築された陣みたいなものだ。それなら、違う魔力をぶつければ構成は緩くなって、勝手に瓦解する。それだけだ」


 つまり、晃雅が魔力を放出して空間を抜け出すことが出来たのは、そういう脆さによるということだ。


「さ、質問は終わり。探すぞ。俺はこっち、お前はあっち。見つけたら上空で空間を爆発させてくれ。俺は魔力を放出する。……一時間経っても見つからない場合は、またここに戻ろう。そこまでいけば、俺たちの野営の準備をした方がいい」

「分かった。その時には他の質問もするからね。……君の好敵手(ライバル)として、君のことが知りたい」


 いつのまにか、いつかの中では晃雅は好敵手認定されていた。ニヤリと笑い、ライバルとして、などと口走ったのだ。

 晃雅はさらに顔をしかめ、溜め息をつく。


「また、手合わせを頼むよ」

「………勘弁してくれ」


 晃雅の嘆息が妙に切なく響いたのだった。



次回投稿は、六月七日(火)を予定しています。

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