ようこそ、僕の支配する空間へ。
修学旅行から帰ってきました。
いやぁ、やはり長崎県は遠い!
そういえば、この小説の主人公の苗字は永崎ですねぇ。
読みが同じです。
……まあ、関係はないんですが。
と、いうわけで、一応完成したので、八話目をどうぞ!
「吉井くん! そのツールで、晃雅の居場所が分かるんだよね?」
魔獣を《ダイヤモンドダスト》で粉々に粉砕し、しばらく森を進んで多少は安全であると思える場所に移動した咲良は、一緒に来た海斗にさっそくそう訊ねた。彼女の目的もまた、“幼馴染”との合流なのだ。どちらも、相手の能力を信じながらも、少しでも役に立とうと、護ろうと、サポートしようと合流を目指している。ある意味、互いに依存しているとも言えるし、こういう面においては似た者同士であった。
「ん? あ、あぁ、まぁ一応な? でもよ、あいつの居場所、めっちゃ遠いし………ものすんごいスピードで動き回ってんだよな。たぶん、咲良ちゃんを探そうとしてんだろうけど、逆方向に走ってるし、あの速さには追いつけん。軌道が変わっても、捕捉はちょいと難しいわけよ。……それで合流は、きつくないか?」
「……うん。でも、晃雅が私を探してくれてるのは、嬉しいな」
少し表情を綻ばせ、その柔らかなブラウンの髪や瞳に合う優しげな微笑み見せる。だが、それでも合流できそうもないことに、かわりはない。その事実は、彼女を落胆させるには充分であった。そのせいか、微笑みにもやや陰りが見える。
そんな彼女を見た海斗は、深く考え込みながらツールを睨みつけ、見つめ続け、高速で移動し続ける晃雅の異変に気がつく。
「……ん?! 崎ちゃんの動きが変わった。これは……ずっと同じところを回ってる…? どういうことだ、あいつがそんな意味のないことをするはずが…」
「同じ、ところ…? あっ、もしかして……誰か他の生徒に妨害を受けてるんじゃ…」
咲良は危惧した。そして思い至る。自分たちが先ほどの魔獣討伐の際に助け合ったことが示す通り、生徒間でなにをしようとほぼ自由なことに。そしてそれは、他の生徒を妨害することでさえも許されることを……意味する。
二人の表情は、一気に蒼白に変わる。晃雅は確かに有能だが、すでに敵の魔術によって混乱させられ、森の中をぐるぐると周回しているのだ。かなり危険な状態である可能性も高い。
「た、助けにいかないとっ!」
「いや、待てっ! 崎ちゃんを周回させてる魔術師の居場所さえも掴めねぇんだ。危ねぇ!」
「でも…! 晃雅が危ないよ……!!」
咲良は食い下がる。もはや冷静さの欠片も浮かんでおらず、彼女の頭には晃雅の元へ向かうことしかないようだ。こういう時は、行動を共にしている者が冷静になって注意を促すべきなのだが、残念ながら海斗にもそのような冷静さは存在していなかった。
その上、彼らにとってさらに混乱するような事態が起きる。
「なっ!? 崎ちゃんが……な、なんなんだよ、これぇ??!」
「ど、どうしたの? 晃雅に……晃雅に何が…?!」
海斗は自身のツールを見て驚きの声を発し、咲良もそれに促されてさらに焦燥を増す。そして彼のツールを覗き込む。が、彼女には海斗謹製の魔力探知ツールの読み取り方は分からない。それが彼女の焦りをさらに酷いものに変え、形の良い唇をわなわなと震わせる。
「よ、吉井くん……一体、晃雅になにが…?」
「崎ちゃんは……あいつは…」
海斗はそこで言葉を切り、乾ききった唇を少し湿らせてからもう一度口を開く。
「……さっき、いきなりツールに認知されなくなった…!」
――まるで、この森からいなくなったみたいに、あいつの反応が無くなったんだ…! そう告げる海斗の表情は、どうしようもない不安と焦燥に染め抜かれていた……。
◆
走り出す少年。少し長めの黒髪を風に靡かせ、身に纏う学院指定の黒いブレザーも相俟って、それはさながら黒影のようだ。
そのあまりにも素早い彼の動きは、目で追うことさえも難しい。左右に身を振り、視線を翻弄しながら近づき、攻撃すると見せかけて右に身を投げてフェイントし、素早く対象の後ろに回りこんで、その腰に掌底を叩き込む。
しかし、叩き込まれた方も行動しないわけはない。衝撃で宙を飛びながらも、彼は早口で詠唱を終え、身を捻って後ろを向き、浮かんだままに左手を突き出す。
「《我、支配せし空間を解放す》」
瞬間、掌底を叩き込んだ少年の右腕付近の空間が突然に爆ぜた。いや、そこを基点に、大量の空気が流れ出し、爆発的な、凄まじい勢いで周囲に広がった、と言った方が的確か。……どちらにせよ、そのような火を伴わない爆発であった。
そんな爆発だったが、それでも彼は慌てない。相手の詠唱を聞き取ることは出来なかったものの、詠唱をしていること自体には気付いていたために、なにかの魔術を使おうとしていたことは予想済みだったのだ。爆風に軽く当てられるも、危なげなく後ろに身を投げ、片手で地面に手をつき、ロンダートして向き直る。
しかし、華麗に避けたはずの少年は、どこか驚いたような表情で爆風に当てられたことによって出来た右腕の傷を抑えた。
「………なんで魔術が効くんだ」
腕を負傷した少年、晃雅は驚きで目を見開いていた。……それも当然だろう。晃雅は基本的に、自身の保有する魔力量の膨大さのせいか、魔術への耐性が非常に高い。“魔術が掠る”程度で、負傷するわけがないのだ。それゆえに、彼は驚愕した。
だが、それは魔術を放った相手、“杉山 いつか”にとっては、魔術が効くことなど当然の事象であり、魔力量が高いからといって魔術の効果を薄めることが出来るなど、知るはずもない。だからか、晃雅の驚きに彼も驚きを示した。
「なにを言ってるんだ? “風魔術”で傷つくのは当然じゃないか。……それより、僕は君がふざけていることの方が気になるね。どうして、魔術を使わないんだ?」
別に、晃雅はふざけているわけではない。完全に全力を出しているわけではないが、それなりに本気で戦っている。魔術を使わないのではなく、魔術を使えないのだから当然だ。
「それとも、“活性魔術”で筋力とかの基礎能力を上げているのか? ………いや、それでもおかしい。君の“オド”が動いた気配はない」
いつかは、さらに疑問を膨らます。晃雅もまた、警戒は怠らないものの、なぜ自分に魔術が効いたのか、と考え込んでいるようで、無防備ないつかに攻撃を仕掛けることはない。人間とは不可解なことには恐怖を抱くもので、そうでなくとも警戒はする。分かるように思考するのは当たり前のことだと言えた。
しかし、思考するだけでは纏まらないのだろう。いつかは、晃雅に問いかける。
「………もう一度訊く。君は、何者だ?」
それは、晃雅が魔力をなんの現象も起こさずに放出し、さらに取り込んでいると知った時から抱いていた疑問だった。晃雅の行う全てが、“魔術師”としてありえないものなのだ。普通は出来ない“オド”の放出方法。さらにそれを自身に取り込む無意味な行動に対する疑問。そして、“魔術師”が戦闘において魔術を使わないことに対する、不信感。……そんな感情が、いつかの疑問をさらに深めるのだ。
だが、晃雅にとってはどうでもいいことのようだ。今まで考えこんでいた『なぜ自分が魔術で傷ついたか』という問題については、いつかの魔術の特異性によるものだと考え、それを解明するまでは警戒するものの、これ以上戦闘を中断するのは無駄だと考えたのだろう。もしくは、戦闘を続けることさえも無駄だと判断したのかもしれない。
「知らん。と、言っただろ? 俺だって分かってない。放出した魔力がなぜまた取り込まれるのかも、なぜ俺が………魔術を使えないのか、ということもな」
「なっ…!?」
いつかはさらに驚きを深める。その表情は、“度重なるありえない出来事”によって、驚愕に染まりきっていた。
「失望したか? お前は、莫大な魔力を持つ魔術師としての俺に興味を示し、決闘を挑んできたみたいだからな。………もし、本当に失望したのなら、俺を解放してくれ。俺だっていつまでもお前と一緒にいるつもりはないんだ」
晃雅はもうほとんど警戒を解き、いつでも高速で動けるようにさり気なく力を込めていた両足の力を抜く。魔術を使えない者に対し、この“魔術師”が興味を抱くはずもない。……これまでもそうだった。自分が“魔術行使不可能者”であると知った時、大抵の者は価値の無い者として、見向きもしなかった。そして、家族などの“晃雅が無能だと困る者たち”…つまり家系に泥を塗られる事を恐れる者たちは、彼に憎しみの感情を抱いた。
それ以外の反応を示す者など、数えるほど(というか咲良と海斗だけ)しかいない。彼はそんな経緯で『いつかが自分に興味を示さなくなる』と本気で考え、背を向けたのだ。
だが、そんな晃雅の推理は、良くも悪くも……いや、おそらく悪く外れた。いつかは逃げようとする晃雅に、先ほどの魔術で攻撃を仕掛けたのだ。
「?! いきなりなんだ?」
咄嗟に膨れ上がる魔力の気配によって、晃雅はかろうじて避けることに成功するも、不思議な驚きに囚われていた。いつもより幾分か落ち着きのない様子で、急いでいつかの方へ向き直り、もう一度拳を構える。そして、念を押すように再び訊ねる。
「なんで俺に攻撃する、と訊いてるんだ。“魔術師”にとって、魔術の使えない俺は興味の対象外だろう?」
「なんで攻撃する、だって? そんなの、君との戦闘に興味があるからに決まってるじゃないか。……いきなり“力比べ”を挑むような僕が言うことじゃないかもしれないけど、君は人の話を聞く気はないのか? 僕が君に対する興味をなくすなんて、それこそあり得ないね! 魔術を使えないのに、さっきまでの僕と渡り合えたんだ。それだけで今までの誰よりも興味の対象だ! まったく、君はおもしろいっ!!」
いつかは、その栗色の瞳をまるで幼い子供のように輝かせ、本当に楽しそうに笑う。魔術以外で魔術に刃向かってくる晃雅に対する興味は、尽きることを知らないようだ。
「………意味が分からない。いい加減、迷惑だぞ」
「……それは悪かった。でも、僕はもう少し君と戦ってみたいね」
さすがに悪いと思ったのか、それなりに心の篭った侘びが入ったが、それでもいつかは懲りないようだ。
そして、晃雅にとっても自分に興味を持ってくれた魔術師との戦闘は、中々に魅力的なものだったらしい。咲良のことを気にしながらも、彼は控えめにしかめっ面を崩した。……とはいえ、それは控えめなだけで不敵な笑みには違いないのだが。
「………続けよう。お前を降参させる、と宣言したばかりだしな」
「ふふふっ、いいね、おもしろいよ。だから僕も、少し………」
―――――本気を出そうかな
そう告げ、いつかは懐から札のようなものを取り出し、ぶつぶつ呟きながら地面に投擲した。その札は、ちょうど地面についた瞬間に“白い靄”を生み出し始め、次の瞬間には膨大な体積に膨れ上がる。その“白”は、晃雅といつか自身までも包み込んだ。
◆
白い世界。全てが白い世界。天には青い光がぽうっと浮かんでおり、白亜の地はまるで水面であるかのように漣を立てている。そんな風景が晃雅の目の前に広がり、今までの森は跡形も無く消えていた。
「ようこそ、僕の支配する空間へ」
いつかは、先ほどの晃雅よりもさらに、不敵に笑う。それは、有利な状況に持っていくことの出来た現状からくる余裕なのか。それとも、今から再び晃雅と“力比べ”が出来ることへの喜びなのか。……どちらにせよ、彼は本当に楽しそうに笑っていたのだ。
同時に常時しかめている表情をさらにしかめた晃雅は、それでも溜め息をつきながらやれやれ、というように今度はいつかと同じような笑みで表情を染める。
「こんな密閉空間に連れ込むとは……後悔するぞ」
そう言いながら、彼は半身になって足を肩幅に開き、拳を構える。再び彼らが衝突する合図。魔術師と、無能の、本気の決闘が、始まるのだ。
期せずして、いつかがこの“白い空間”へ連れ込んだことにより、晃雅の魔力がツールに認知されなくなったというのは、余談である。