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降参するのは、お前だ


 走る、走る、走る。

 息も乱さず、一定のスピードを保ち、鬱蒼とした木々の隙間をひた走る。目の前に迫る木に衝突しそうになれば身を捻り、全くスピード落さずに走り続ける。時にはジャンプして木の枝に捕まり、勢いのままに前に進もうとする力を利用し、枝をグルンと半回転するように高く飛び上がってさらに上の枝に乗り移り、高い木の上から周囲を見下ろす。

 彼の鋭い視線は、他の生徒たちを悉く見つける。すでに五人ほどの生徒を見かけた。……が、その視線の先に咲良はいなかった。


「ちっ……いないか」


 正直、彼は焦っていた。咲良が有能なのは理解しているのだが、彼女は少し要領が悪いところがある。人と接するのもあまり得意な方ではないし、咄嗟の判断は苦手な部類だ。

 故に。もしも、と仮定した場合の話だが、彼女が転移された直後に、偶然に魔獣の群れと出くわした場合。大きな魔術で一掃しようとし、失敗、危機に瀕するだろう。それを乗り越えたとしても、激しい戦闘音を聞きつけ、凶暴性を増して血に飢えた強力な魔獣が呼び寄せられてしまう可能性もある。そんな時、彼女は対応出来るだろうか? ………いや、かなり難しい。それなら、助けなければならない。それ故の焦燥だった。


 実際は晃雅の思っている通りの事態に陥り、それでも海斗の助けが入ったことによって危機は免れた。つまり、必要のない焦燥であったのだが、それを知る術は今、彼にはない。転移させられた直後でなくとも、唐突に魔獣に襲われれば咲良が対応出来ない可能性は高く、やはり晃雅は焦燥を抑えられなかった。


 それが災いした。気付けない。彼は、彼を追う存在に気付けない。そして、いつの間にやら生徒を見かけなくなったことに気付かない。自分が、先ほどから同じ場所をぐるぐると回っていることにも、気付いてはいなかった。


 …………だが。それでも彼の危機察知能力は飛び抜けていた。


 瞬間的に跳ね上がった人の気配。殺気を放出する人の気配を感じ、後ろへ身を投げる。片手をついて半捻りで回転し、また同じ方向に身体を向けてそちらを注視する。

 先ほどまで自分がいた場所には、小さなクレーターが出来ていた。先ほどの殺気の結果……つまり、知性を持った何者かが、晃雅を襲ったということだ。人並の知性を持つ魔獣は確かに存在するが、学生の……それも唐突に行われた実習程度のもので、それほどまでに強力な魔獣を用意するなどあり得ないだろう。知性の高い魔獣は、それだけ多くのマナを取り込んでいるせいか、非常に強大なのだ。

 そして、“知性の高い魔獣”である可能性がないということは…。


「………僕の魔術で、同じ所を回り続けていることにも気付かない君には絶望してたけど……今のでもう少し考えを改めることにする」


 今、晃雅を襲ったのは人であるということだ。そして人であるということは、生徒である可能性が非常に高いということなのだ。


「なんの用だ。邪魔するな。生徒同士がいがみあう必要はないだろう? 受験前ならいざ知らず、今倒してもなんの意味もないぞ。どちらも合格している身だ、襲って挫き、自分の合格率を高める必要なんてない」


 晃雅は、目の前に立つ、自分を襲ってきた者をそう諭そうした。………受験前に他の受験生を襲えば、ライバルが減って多少の意義はある。が、今は関係ないのだ。いくら倒したところで、その利益は全くない。よって、晃雅の論は、正しいと言えるし、合理的であった。

 こんなところで足止めされるのは、晃雅にとって非常に不本意だ。そんなことよりも、早く咲良の元へ行かなければならないのだ。

 そんな焦燥が彼の苛立ちをさらに抑えられないものに変えてゆく。その苛立ちのせいか、いつも以上に顔をしかめ、金の瞳に映る“その人物”を睨む。そこに映る、自分と同じ制服を着用し、栗色の髪に同色の瞳をした少年は、睨む晃雅の方を見て不敵に笑っていた。


「君が全力疾走して何をしようとしているかは知らないけど、僕にとってのメリットなら大いにある。僕は、君と戦いたい。その莫大な魔力! 明らかにエリートの魔術師だ! 自分の力を試したいんだよ! 魔力量だけに物を言わせて力押ししてきた魔術師を、自分の技術で仕留める! すごい快感じゃないかっ! ………それに、生徒間では助け合おうが、敵対しようが、自由なハズだ」


 ニヤリと。“その彼”は笑う。………晃雅は、自分が咲良を助けてもお咎めはないと判断した。つまり、他の生徒に干渉することは可能だと、自分でそう結論付けたのだ。助けることが許されるのならば………その逆もまた(しか)り。栗色の髪の少年が言うように、いくら戦いを挑んでも、咎められることはないのだ。

 しかし、晃雅にとってはそれも迷惑極まりない。


「………普通、魔術師はツールなしで人が内包するオドの量を計測することなんて、出来ないぞ」

「君、自分がどんな不審な作業してるか分かってないのか? 常人じゃあり得ない莫大な魔力を放出して、しかもそれをもう一度自分に取り込んでる。魔力が君の周りを渦巻いてるんだ。それだけで魔獣は君から逃げている。魔獣にとって、多量過ぎる魔力は恐怖の対象だからな」


 そう、晃雅は本当に焦燥していた。そのせいで自分が多量の魔力を放出していることにも気付いていなかったのだ。自身の中に魔力を内包している状態ならば、ツールなしで魔力を感じ取ることは出来ない。だが、放出しているとなれば話は別だ。この膨大な魔力を感じ取って、魔獣が逃げるのも当然。そして、感じ取った生徒が寄ってくることもまた、可能性としてはありうるものであったのだ。

 指摘を受けた晃雅は盛大に顔をしかめ、相当に不機嫌な内心を隠そうともせず、深く深く眉間に縦皺を刻んだ。しかし、これ以上魔力を放出し、取り込むという作業をして自身を感じ取られるのは吉ではない。深呼吸をして気を落ち着け、冷静さを取り戻して魔力の放出を止めた。

 そんな彼の様子をニヤニヤと笑いながら見やり、“栗色の髪の少年”はさらに話を続ける。


「………それに、放出した魔力をもう一度取り込むというものおかしな話だし、そもそもなんの現象も起こさずにただ魔力を放出するなんて、一般的には出来ないはずなんだけど?」

「確かに、な。だが、この原理は俺にもよく分かってない。ただ、俺は魔力を放出するともう一度自分に取り込んでしまう。まるで、魔力が俺の外に出ることを拒んでいるかのように」


 これは、晃雅だけに起こる特別な現象であった。そして、それ故に魔術を行使する事が出来ない。魔力を放出して火を起こすなどの現象を生じさせる前に、彼は自身の放出した魔力を取り込んでしまうのだから。


「なっ………そしたら暴発して……いや、常人ならとっくに暴発で死亡してるし……君は、何者だ?」


 驚くのも無理はない。“栗色の彼”は、晃雅が魔術を使えないことに思い至ることはなかったが、最大魔力上限を超えても“オド”を回復させ続けてしまうことによって起きる“暴発”を恐れたのだ。


「さあな。俺にだって分からない。俺がこんな存在である意味も、その生きる理由も。ただ、俺の今行うべきこと、実行したいと思うことは一つ。………さっさとお前を倒して、幼馴染の所に行きたい。それだけだ!」


 瞬間。晃雅は勢いよく地を蹴った。その反発力を利用し、“栗色の彼”との距離を一気に詰める。


「くっ……不意打ちか!」


 晃雅は相手の独り言を内心であざ笑い、顎の下から大きなモーションでアッパーカットを仕掛ける。それを間一髪でかわすが、晃雅の攻撃は止まない。そのまま顔を殴ろうとし、“彼”はそれをかわすも、頬にかする。血が滲んだ。“栗色の彼”には、距離を取る暇すらない。必死に素早い拳を避け続け、ゆっくりと後退する。ぶつぶつと詠唱していたようだが、なにかが起こるわけでもなく、魔術を使うことは出来ていないように見える。

 そしてとうとう、晃雅の拳が腹に吸い込まれ……。


「なっ!?」


 いつの間にやら“栗色の彼”の腹の前の空間に一つの歪みができ、そこに晃雅は拳を沈めていた。どうやら先ほどの詠唱による魔術、それは成功していたらしい。

 その後の“彼”の動向を警戒し、晃雅は歪みに沈んだ拳を勢いよく引き抜き、バック転の要領で身を投げ、何度も連結させて大きく距離を取った。


「不意討ちとは、卑怯だな。僕は君と力比べがしたいだけなんだ。力比べの前に、名前くらい名乗るのは礼儀だろ? 名乗る暇くらい、与えてくれよ」

「………勝手に名乗れ」


 晃雅の対応は冷たい。冷静になったとはいえ、未だに晃雅の目的は咲良の元へ向かうことだ。その冷静さ故に、今さら焦って走り出し、すぐにでも助けようとしているわけではないが、それでも咲良の元へ向かうことが一番の目的である彼にとって、これほどまでに必要のない行事は、酷く鬱陶しいものにしか感じられないのだ。

 また、咲良を助けにいくのは、自身の唯一の味方である“幼馴染”と共に在りたいからであり、その感情はさらに“栗色の彼”への苛立ちを募らせる結果となったのであった。


「随分不機嫌だな。……でも、まあいい。僕の名前は“杉山 いつか”。どちらかが降参するまで、よろしく頼むよ」

「………永崎 晃雅だ。力比べを所望するのはいいが、一つだけ言いたいことがある」


 彼はここで言葉を切る。――申し出を断ってもどうせ攻撃される。なら、俺は申し出を受け入れ、戦えばいい。……そう判断し、さらに続ける。

 基本、負けず嫌いの傾向にある彼だ。自身が降参して、咲良を助けに行くという考えに思い至ることはなく、その言葉はひどく挑戦的なものである。


「降参するのは、お前だ」


 ニヤリ。しかめていた表情を崩し、意地の悪い笑みを浮かべる。そして晃雅は身を低くして駆け出す。今度は、いつかの方も警戒を怠っていなかったため、その動きを注視し、距離を取りながら詠唱を始める。

 すでに晃雅の考えは、早々にいつかを倒して咲良の元へ向かおうというモノに切り替わり、いつかは決闘とでも言うべきこの“力比べ”が執り行われることに歓喜していた。


 こうして、彼らの戦いは始まるのだった。



明日から修学旅行ですので、次回投稿は早くて六月三日の金曜日となります。


金曜日は家に着くのが午後十時頃になりそうな予感ですので、最悪は土曜日となります、すみませんm(__)m

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