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存分に楽しんできてくれたまえ!



 入学式式場。ここは学院の食堂にもなっている所であり、普段は一~七年生までの生徒、延べ千人以上が一堂(いちどう)(かい)する大食堂とでも言うべき場所なので、そのスケールは非常に大きい。また、学院の外装に負けることはなく、壮麗で優美。さらにたくさんのシャンデリアを高い天井からぶら下げており、これもまた豪華な美しさを魅せている。

 大食堂の隅に飾られている、咲き誇る花のようなガラス細工は、繊細な魔術行使による賜物だ。その色は赤や青、緑や黄色………つまり火や水、風、土などの四元素……いろいろな魔力を宿し、とても鮮やかに煌く。普段は食事をするためのテーブルも、現在(いま)は取り払われ、変わりにたくさんの椅子が立ち並ぶ。これもまた豪華で、生徒の座るものとは思えない。そこで、“国立天凪上位魔術学院”の入学式は執り行われるのだ。


 そんな式場の椅子、そこに座る二人の人物。彼らは自身のクラスの最後尾に二人並んで座り、学院長が来ないのをいいことに、二人で騒々しく………いや、片方の赤髪ピアスの少年が騒々しく、もう片方の黒髪の少年は軽く聞き流し、たまに『そうだな』などの合いの手を入れるだけだが、そのような感じで会話をしていた。

 晃雅と、海斗である。入学式ではクラス毎に男子二列、女子二列で並んで席に座るらしく、ちょうど折り返しの出席番号であった晃雅と、男子で一番最後の出席番号である海斗の席は、隣同士になったのである。残念ながら咲良の席は少し離れており、会話は出来そうもないが、海斗はそんなこともお構いなしに、愉しそうに喋り続ける。


「晃雅晃雅っ! 俺さぁ、あだ名呼びに憧れてんだよねっ!!」

「だから?」


 ハイテンションの海斗に対し、晃雅の対応は冷たい。……それは当然だろう。何故か(・・・)学院長が中々姿を現さず、その間はずっと海斗のマシンガントークを聞かされていたのだから、不機嫌になっても仕方ないのかもしれない。


「だ か ら ! 俺はあだ名というモノに憧れているっ!! そういうことだ」

「………憧れているから、どうしたいんだって聞いてるんだ。それくらい解れ」


 ついでにでこぴんを一発。――ここらでストレスを発散しておかないと、マシンガントークアレルギーでやられる…! そう判断してのでこぴんだった。

 そして、晃雅のでこぴんは存外に痛いモノらしく…。


「いってぇぇえ! なにすんだよ晃雅ァ!?」

「うっさい。学院長が来てないとはいえ、ここは結構静かだ。目立つぞ」


 まあ、すでにマシンガントークだけで十二分に目立っているのだが。そのようなことを考えながら、晃雅は前に向き直り、『この赤髪バカとは無関係ですよー』とでも言いたげな真面目くさった表情でぴんっと背中を伸ばして座りなおした。


「…………なあ、俺の扱い、酷くな「うるさい」……はい」


 海斗は、口答えをする勇気を奮い起こすことすら出来なくなっていた。


 だが、学院長はそれからしばらく経っても来ない。先ほどまで騒々しい話をずっと聞かされていた晃雅は、ざわついているとはいえ、隣が静か過ぎる状態にも逆に違和感を覚え、先ほどの海斗も少し可哀想だったかもしれない、と考えを改め、もう一度話しかけてみることにした。


「……吉井」

「おっ、なになに? 話してくれる気になった? やっぱ晃雅もこの沈黙の暇さには耐えられなくなったか! そーかそーか、俺は嬉しいよ、うん! で、さっきの話だけどさぁ、俺はあだ名に憧れているわけよ! 分かる? あだ名っ!!」


 この時点で、晃雅は既に後悔を始めていた。――やはり話しかけなければよかった。そう思ってしまうほど、海斗の声量は大きく、晃雅を後悔させた。

 だが、晃雅はもうこれ以上彼を諌めることはない。諌めたところで、この赤髪少年の声の大きさは変わらない。そう悟ったのだろう。その代わり、海斗の話を聞いてやり、さっさと会話を切り上げることを選んだのだ。


「そうか、あだ名な。じゃあ、お前にあだ名をつけてやろうか。しょうがないな、まったく。…………そうだ、バカイトというのはどうだろう。お前があまりにもバカであることに由来す「いやいやいや、おかしいよねぇぇ?!」……悪い、ふざけた」


 早々に会話を切り上げることを選んだはずだったのだが、晃雅は自ら会話を盛り上げてしまった。静かにしている周りの生徒からは、顰蹙(ひんしゅく)の視線の嵐である。


「って、そういうんじゃなくてさぁ。あだ名で呼ばれるってよりは、あだ名で呼びてぇんだよ。………つーわけで、これから晃雅のことは崎ちゃんって呼ぶ! おーらい?」

「永崎の“崎”から取って、それか? …………センス、ないな」


 確かに、いいセンスをしているとは言えないかもしれない。ただ、あだ名というのは元来そういうものだ。そこまでセンスのいいあだ名など、そうそうない。よって、今回のセンスのなさも、“標準的な”センスのなさと言えるだろう。

 とはいえ、大抵のあだ名というモノは呼びやすさを重視することが多いのだが、今回の場合は明らかに“晃雅”の方が呼びやすい。そこから察するに、海斗はただ“あだ名呼び出来る親友”というものがいることに憧れたのだろう。このような人懐っこい性格ならばそれくらいの親友はいそうなものだが、全ての友人は名前呼びに留まっていた。つまり、海斗にとってはあだ名呼びの親友など初めてであったというわけだ。………晃雅も親友と認めているかどうかは別として。


「うっさい、いんだよ別に! だ か ら ! 今からお前のあだ名は崎ちゃんです! ハイ、けってーい! 異存は認めんっ!!」


 ニシシっと笑い、嬉しそうに海斗は告げた。対して晃雅の表情は、いつも以上にしかめっ面で、不機嫌丸出しである。

 しかし、晃雅は悟る。――これは、いくら抗議しても無駄だな。

 悟った瞬間、彼は訂正することを諦めた。深い溜め息をついたのち、心底呆れかえり、不機嫌であることを隠しもせずに答える。


「…………勝手にしろ、吉井」

「だからさぁ、俺は苗字呼びは嫌いだって言って「そんな話聞いたことない」………ともかくっ、親友なんだから名前で呼んでください!」

「うるさい吉井。……おっ、学院長もこちらに来たようだぞ、吉井。だから前向いて静かにしとけよ、吉井。それと、まだ親友とは認めてないからな、バカイト」


 辛辣な言葉は、海斗のいたいけなガラスハートに突き刺さる。通常ならば『苗字呼び連発ぅぅうう!! どんな嫌がらせですかァ?! それとさりげなく“バカイト”を混ぜんな!! それがいっちばん腹たつ!!!』などと抗議したのだろうが、それは叶わなかった。何故なら、先ほどの晃雅の言葉通り、本当に学院長が食堂の奥にある壇上、そこにあるマイクの前に立っていたからだ。


『あー、ゴホン。テステスっ………よし、大丈夫のようだ』


 間抜けなマイクテストを行い、満足そうに頷く学院長。白髪混じりの金髪に、碧い瞳を持つ壮年の男性――東條 (ひとし)である。その横には秘書の谷口 真樹も控えている。標準装備のメガネがキラリと光を反射し、それだけでなぜか威圧感を生じさせている。まるでその威圧感にやられたかのように、式場に未だ残っていた少量のざわめきさえも完全に途絶えた。


『私は天城寺家第十八代目当主、天城寺 秀貴(ひでたか)様によって命じられ、ここの学院長を務める東條家第十九代目当主、東條 斉だ。よろしく。…………それでは、今から“国立天凪上位魔術学院”入学式を執り行う! 起立しなさい』


 ガタガタっと椅子から立ち上がる生徒たち。どうせ起立をして礼をするだけの、面倒な行事だが、学院の入学式としてこれは通例。生徒たちもなんの疑問も持たずに起立した。

 しかし……そんな“通例”に疑問を持つ者一人。


『いや、やっぱり立たなくていい。よく考えたら起立礼着席とか意味のないことは、する必要がないね。というわけで座りなさい。ほんの少し話してすぐに他の先生方にマイクを譲ろう。もうここに立つのすら面倒だ』


 …………他ならぬ学院長である。彼の勝手な物言いに、折角立ち上がった生徒は、それでも素直に従って着席した。それは、東條 斉の威厳によるモノなのか、それとも『また勝手なこと言いやがって』とでも言いたげな谷口 真樹のさらなる威圧感におびえたのか。どちらなのだろうか。


「かぁ~、てっきとうな学院長だなぁ! でも、おもしれぇ」


 それでも海斗にとっては大した威圧感も覚えなかったらしく、皆が着席した後に悠然と、偉そうに腰を下ろした。そして、先ほどからずっと座っていた晃雅に小さく声をかける。


「なあ、なんで立たなかったんだ? まるで、すぐ座らされることを知ってたみたいだな?」


 そう、晃雅は学院長の『起立しなさい』という言葉をあっさり聞き流し、ずっと着席したままだったのだ。


「知らないのか? 学院長の東條 斉は、天城寺家の傘下、“御尊四家(おんみことのよんけ)”……その中でも東を守護する東條家の第十九代目当主だ。あそこの当主は代々物臭な人物が多いらしくてな。一にも二にも“面倒だ”……そんな人間ばかりだが、意外と話の分かるヤツも多い。それでも、やはりめんどくさがりなことに変わりはない。だから、どうせ礼はしないと、そう思った」

「ほぇ~、なんかおもしれぇ家系だなぁ! ……ん? でもなんで、そんなことをお前が知ってんだ?」


 当然、晃雅が実際は“天城寺 晃雅”だからこそ、標準知識として知っていた事柄だ。だが、これくらいの情報は調べれば誰でも分かることでもある。それは、天城寺家によって束ねられ、日本経済を動かす権力者家系である御尊四家の情報についても同じである。


「調べれば、誰にでもわかる。まあ、今回は天城寺家に仕える上原家の者………つまり咲良から聞いて仕入れた情報だけどな」


 天城寺家に仕える上原家の咲良と幼馴染である晃雅は、一体何者なのか。そんな疑問が出てもおかしくはなく、晃雅が天城寺家の者であること、つまり“永崎 晃雅”ではなく、“天城寺 晃雅”であることがバレる可能性もあったのだが、海斗は全く気付かない。存外鈍いようだ。いや、イメージ通りに鈍いようだ。


「ふーん。意外と情報の流出って簡単におこるもんなんだな?」

「いや、それぞれの機密についてはかなり厳しい情報規制がなされているらしい。俺が分かってるのは、東を守護する東條(とうじょう)家、西を守護する西藤(さいとう)家、南を守護する南原(みなみはら)家、そして北を守護する北川(きたがわ)家―――その全ての家の子供が、ここの学院の生徒として通ってきているということと、その中でも東條家の息子である東條 仁は、俺らと同じ一年生だということだけだな」


 補足だが、それぞれが東西南北を守護すると言えども、日本のそれぞれの東西南北の端に居を構えているというわけではない。彼らは皆、日本の中心地であり、天城寺家が居を構えている天凪市に住んでいる。それぞれの方向に、自身の家系に仕える家系の者を配置し、管理しているだけであり、そのおかげで、彼らの子息は魔術学の最高峰である“学院”に通えるというわけだ。


 閑話休題。


 晃雅の知る、明かしても問題のない御尊四家の情報を明かし終えたころには、すでに学院長が交代した先生の話も終わろうとしていた。……二人の会話は、存外に長続きしていたようだ。


「話、聞いてなかったけど大丈夫か、俺ら?」

「大丈夫だ。最大魔力上限を超えての“暴発”に気をつけろ、やら、格式高いこの学院に相応しい生徒として生活しろ、やら、そういう話しかしてない」


 どうやら海斗に説明している間にも、晃雅は壇上からの話をしっかり聞いていたのだ。晃雅にとって、これくらいはどうということはない。


「それと、寮の部屋割りについては、あとで学院の掲示板に張り出すらしい。それを見て向かえと、そう言っていたぞ」

「崎ちゃん………あんた、頭の回転速ぇんだな? 聖徳太子的な? いや、あれは数人の話を聞くだけか。崎ちゃんは話しながら他人の話も聞いて、もっとすごい?」

「何言ってるんだ。どっちも軽く流してるから、重要なポイントしか聞いてないし、適当なことしか言ってない。すごいとはお世辞にも言えない。……それより、またあの学院長が壇上に上がるみたいだぞ。あの人はなに言い出すか分からん。だから、前向いてしっかり話を聞いとけ」


 晃雅はそう促し、海斗との会話を止め、自身も前を見た。海斗としても“おもしれぇ”学院長に興味があったのか、素直に前を向き、静かになった。


『これで、入学式を終わりとする。…………さて、ここで君たちに一つ。おもしろいことをさせてみようと思う。一泊二日でな。心配するな、君たちの荷物はすでに学院へ届けられ、寮のそれぞれの部屋に空間魔術の補助ツールを使って転送させておいた。思う存分楽しんできたまえよ』


 晃雅の“なに言い出すか分からん”という危惧は、早くも現実のものとなった。宅急便で学院に届け、のちに自分で部屋まで運ぶはずだった荷物は、すでにツールの力で転送され、これからなんの準備もない状態で一泊二日の“おもしろいこと”をさせられるという。

 …………天城寺家の者として、学院の事情や東條の事情も少しは分かるつもりだった晃雅でも、この事態は全く予想していなかった。


『それでは、めでたく“学院一年生”となった諸君、存分に楽しんできてくれたまえ!』


 学院長は言葉を吐き、手にしたツールらしき物のスイッチを押す。



――――――――その瞬間。



 式場が光に包まれ、大きな魔方陣を浮かび上がらせ………それを確認した生徒たちは他のことを考える暇もなくその場から消え去るのだった。




次回投稿は明日、五月二十八日(土)を予定していますが、その後は就学旅行も近いので、少し遅い投稿となりそうです。


遅い、とは言っても、六月一日から始まる修学旅行の前には、次回も含めて二回は確実に投稿しますので、よろしくお願いしますね。

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