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負けを認めるか、永崎?



 黒。全てが黒だ。晃雅の視界には、なにも映らない。……いや、“黒”だけが映るというのが正確か。

 いつかの術によるものだ。フィールドに影響を及ぼす魔術は、晃雅にとって天敵になる。魔術耐性が意味をなさないからだ。

 そしてそれは、この黒に覆われる視界を晴らすことが不可能であることを示す。それに気付いた晃雅は、すぐに目を閉じた。視界は、必要ない。気配だけで追えば、まだ勝機はあるだろう。


『視界に頼らないか。君らしい。……けど、ここはその程度じゃどうにもならないよ』

「そうか。それでも、さっさと終わらせるぞ。……いつまでも観客を待たせると、ヤツらはずっと“黒”だけを見ることになる」


 ニヤリと、口の端を吊り上げる。まるで、観客を気にする余裕を見せ付けるかのように。晃雅は、まだ勝ちを諦めていないようだ。


『そうだね、じゃあ始めよう』


 いつかの声が響いた。それにあわせて、鋭い風が晃雅の腕を切り裂く。身をよじったが、避けきれていない。パッと舞う血は、“黒”のせいですぐに見えなくなった。

 晃雅に遠隔攻撃を無限に近く繰り出す術があるならば、すぐに風が飛んできた方向へ攻撃していたのだろう。が、それはしない。遠隔攻撃をする手段すらないのか、それとも絶妙のタイミングを探しているのか。

 どちらにせよ、晃雅が反撃することはない。


 それとは対照的に、いつかの攻撃は激しさを増してゆく。右から風の刃が飛来したと思ったら、真逆からも風の刃が……そして、前方で空間凝縮の爆発。とても激しい攻撃の連続だ。


『どうした? 僕の攻撃に、何も反応しない君ではないだろ?』


 攻撃の合間に響いてくるいつかの声にも晃雅が反応することはない。ひたすらに瞳を閉じ、いつかが繰り出す魔術を避け続ける。

 なにかを待ち続けるように。そして、その時は……。


「そこだっ!」


 意外にもすぐに訪れた。いつかが攻撃をする際、かすかに放つ殺気。それを、少しずつ辿り、隠し持っていたナイフを投げたのだ。


 ヒュンっ! この黒の空間に風があるのかは分からないが、風を切るような音と共に、晃雅が察知したいつかの方へナイフが突き進む。

 彼は確信した。自身の投げたナイフが、いつかに突き刺さっていることを。感覚から言って、腿辺りに命中しているはずだ。


 晃雅がそう思った瞬間には、腿にナイフが刺さった痛みで呻き声が洩れた。


「な…ぜ…?」


 ……晃雅の方から。

 明らかに動きが鈍り、ほぼ完璧に避けていた風の刃掠り始める。それは、痛みによるものからの鈍りだけではない。――疑問。自分が放った攻撃が、自分の太ももに突き刺さったことへの。

 確実にいつかの腿を捉えていたはずだった。まるで自分と相手の立場が変わったように、いつかに刺さるはずのナイフが自分に刺さった。なぜ、なぜ、なぜだ……そんな疑問が、晃雅の思考を支配し、動きが鈍る。


『どうした永崎? 攻撃が当たり始めているぞ?』


 いつかが煽る。晃雅を焦らせ、絶望を引き出し、負けを認めさせるためだろう。彼の魔力も無限ではないのだから。


『ほら、次は右! 左! 下かもね、と思ったら上だよ! さー、次はどこに攻撃しようか?』


 彼の言葉は、攻撃が着弾すると同時に届く。ヒントを与えることなく、晃雅のイラつきだけを煽り続ける。晃雅の表情は歪み、術者であるいつかには、それが手に取るようにわかった。


『そろそろ降参するか? 僕はそれで一向に構わないぞ。どうする? 答えろよ。それとも、しゃべることすら出来なくなったのか?』


 いつかの問いに、晃雅の表情はさらに歪む。眉は顰められ、深い深い縦皺が刻み込まれ始める。痛みからか、悔しさからか、それともただ単にイラついたのか。それは、いつかに対する怒りにも見え、負けを悟り始めたようでもあった。

 ……晃雅の表情の歪みは、いつかによる攻撃が放たれるたびにひどくなる。


「なぁ、杉山…」

『なんだ? 負けを認めるか、永崎?』


 いつかの嬉々とした声が響く。前回の負けのリベンジが成功する、とそんな喜びが溢れたのだろう。

 だが、その喜びは、すぐに消えることになる。


「俺ら、そろそろ名前で呼び合わないか?」


 今の状況からは、確実に不適切だと思われる提案。いつかは驚きで攻撃が乱してしまい、晃雅は口の端をニヤリと吊り上げた。


『き、君は、いきなり何を?』

「俺たちの中で、名前呼びじゃないのは高峰とお前だけなんだ。で、お前の方が先に会ったからな、名前で呼んでやろうかと。ダメか?」

『いや、別に悪くないが……なぜ、今その提案を?』

「決まってるじゃないか。それは……」



―――――勝ちを確信したからだ。



 晃雅はそう呟き、走り出した。太ももの怪我など意に介さず、猛然と走る。

 右で殺気を放って攻撃したかと思いきや、次の瞬間には左で殺気を放ついつかに、近づくように。殺気の位置が変われば走る向きを変え、それでも少しずつ、距離を詰める。

 何も動かないように晃雅には感じるが、確実にいつかへと向かっていた。


「この空間は、座標に働きかける魔術空間だろう?」


 走りながら、息も切らさず問いかける。先ほど、いつかがした口撃のように、いつかの余裕を削ってゆく。


「まず、自分の座標はほぼ自由に操れるはずだ。つまり、お前はこの空間内では、自由にテレポートが可能だ。が、それは完全に自由じゃないみたいだな」


 晃雅はそう言って笑う。もちろん走りながら。

 先ほどからいつかを追いかける中、テレポートの法則に気付いたのだ。


「さっきからお前は、十メートル以内でしか移動していない。もっと離れればいいのにな。それでもそうしないってことは、そう出来ないからだ。違うか?」

『……どうだろうな』


 いつかの返答は歯切れが悪いものだった。晃雅の予想は、当たっているのだろう。

 確実にいつかの余裕は削られ、晃雅を襲う魔術の嵐は的外れなモノに変わってゆく。それに伴って、晃雅が走りながら身をよじる回数も減っていった。


「そして最後に一つ。この空間では、基本的に自分の座標を変えることしか出来ないようだが……自分と被術者の座標の交換だけは、可能のはずだ」


 それが、いつかの太ももに刺さるはずのナイフが、晃雅の太ももにささった理由。いつかは、晃雅と座標交換をして立場を逆転させたのだ。

 どの攻撃も、この座標交換で相手に受けさせることが可能だった。唯一つ、近接での攻撃を除いて。


「さぁ、チェックメイトだ」


 とうとう、晃雅はいつかの後ろに回りこんだ。彼が逃げぬうちに、地面に両手をつき、足を開いて回転させる。

 ここまで密着している状態なら、座標交換で逃げることは敵わず、当然のように晃雅の立場に変わったとして、回し蹴りを回避することは不可能だ。


 ……いや、そんなことをする暇すらなかった。魔術師であり、必要以上の運動をしない彼に、晃雅ほどに鍛えぬいた人物の蹴りを察知しても避けることなどできるはずもないのだから。

 蹴りはいつかの肩を捉える。そして……。



“黒”は晴れた―――――。







 晃雅の目の前には肩を抑えて蹲るいつか。“黒”は晴れ、あの設備が整ったコロシアムと、固唾を呑んで見守る観客席が目に映った。


「俺の勝ち、でいいか? なぁ、いつか」


 フッと軽く、しかし柔らかく笑い、晃雅は問いかけた。


「……あぁ、君に敵わないな。負けたよ、えーっと、うん、あの、こ、晃雅」


 少し照れたように顔を背けた。そんないつかを引っ張って立たせ、晃雅は満足そうに頷く。今度は高峰と名前呼び出来るようになろう、などと思いながら。



―――――Aブロック優勝者、永崎 晃雅!



 そして鳴り響く、学院長秘書・谷口 真樹による放送。それに伴って、少しだけ控えめな、それでも大きな歓声がAブロック内で木霊する。

 それは、魔術の使えない“無能”が、魔術戦闘大会において、“魔術師”を凌駕してブロック優勝した瞬間であり、魔術の使えない“晃雅”を、少しなりとも“学院”側の魔術師である生徒たちが認めた瞬間でもあった。



 各ブロック優勝者四人による本当の決勝戦は一日の休憩を挟んで明後日に執り行われる。晃雅以外の優勝者は誰なのか。そして、ゆあの恋を左右する東條と南原の勝敗の行方は?

 それが分かるのは、この晃雅のブロック優勝が決まってからもう少しだけ、後のことである。



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