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僕の最後の決め手だ



 一番進行の早かったBブロックだが、有流人が少し調子に乗って戦闘を長引かせすぎたらしく、他のブロックに消化具合を追い越されていた。特に、Aブロックの進行スピードは凄まじく、最も試合が残っていたにも関わらず、最初にブロック別の決勝を迎えることとなった。

 それは一重に、晃雅といつかの実力のおかげと言っていいだろう。いつかはもともと、御尊四家以外の人物には負けないほどの実力と才能を持っていたし、一度試合に勝ってしまった晃雅も、吹っ切れたのか試合相手に容赦はしなかった。その結果、試合はなんの盛り上がりもなくほぼ一瞬で決まったのだ。

 Aブロック決勝戦は晃雅といつか、二人の対戦である。四月の最初に行われた、サバイバル時の戦闘の再現、いつかのリベンジマッチ――それが、今まさに始まろうとしていた。


 Aブロック用コロシアムの中央に集まる二人。どちらともなく、握手を交わした。


「やっと、再戦の約束が叶ったよ」


 いつぞやの約束とも言えない話を持ち出すいつか。晃雅は、その約束に『勘弁してくれ』と嘆息したのを思い出す。


「俺は、約束したつもりなんてなかったんだがな」

「そうなのか? まぁ、僕は再戦できるだけで満足だよ。次は、負けないからね。そのために、君たちから隠れて訓練したんだから」


 いつものメンバーで全魔戦へ向けて修行した際、いつかだけは共に行動しなかった。どうやらそれは、決勝で戦うことになるであろう晃雅に、自分の新しい魔術を見せたくなかったがためらしい。


「ほぅ、それは期待大だな。それでも、お前に負けるつもりはないけど、な」


 いつかが突然、攻撃を仕掛けてきたあのサバイバル時の戦闘を彷彿とさせるような、不敵な笑みを浮かべた。また、いつかも晃雅のそれに負けないくらい不敵な笑みを浮かべるので、この状況を間近で見ている者がいれば、正直引いただろう。


 ひとしきり笑い合い、二人は握手していた手を離す。それと同時に、二人して二歩ずつさがり、規定の位置につく。そして、試合開始のアナウンスは流れる。


―――――Aブロック決勝戦、始めっ!


 学院長秘書、谷口 真樹のクールな声と共に、試合は開始された。





 試合開始と同時に、二人に動きがあった。そのうちの一人、晃雅はその凄まじい瞬発力と反射神経で、猛然といつかに迫り始め、いつかの方も一言だけ何かを呟き、同じように全力で相手に肉薄した。

 空間魔術師である彼は、それにも関わらず、魔術を使う気配などなく、ただ全力で晃雅とぶつかるようだ。


 ぶつかり合う直前、これ幸いとばかりに、晃雅は身を低くし、トリッキーなステップでいつかを翻弄しながらわき腹に向けて拳をシュっと放つ。もちろん、それは軽いジャブ。いつかが避けようとするのを見越し、その避けた先に力強い拳を叩き込んだ。

 ブンっ!! 拳が空気を裂き、唸りを上げる。吸い込まれるようにいつかの鳩尾に突き刺さり、彼は大きく後方へ吹き飛ばされた。


 ヒュッという短い音と共に、コロシアムの端までいつかの身体は運ばれ、飛んで行く時とは似ても似つかない鈍くて大きな音と共に、コロシアムの壁に激突した。激しい衝撃のせいか、いつかの口の端からゴフッっと血が吐き出される。


「……なんだ、この違和感は」


 明らかに、晃雅に有利なこの状況。もはや、彼の勝ちでいいのではないか、と思えるこの状況で、晃雅は不思議そうに拳を見つめて立ち尽くす。その呟きに反応し、壁にたたきつけられていたいつかが、辛そうに顔をあげ、キッと彼を睨む。


「……《我が…支配せし空間、を、解放…す》」


 途切れ途切れの声で詠唱し、未だ立ち尽くす晃雅のちょうど腹にくる部分で、火の伴わない爆発を起こした。

 凄まじい風。それが、周囲に撒き散らされる。それを、晃雅は右側に大きく身を投げることによってかわした。相変わらず、この爆発は直接的な魔術による攻撃ではないので、魔術耐性など無意味なものとしてダメージを与える。かすることも致命的な失敗につながるので、晃雅も真剣だ。


 身を投げた先で手をつき、身を捻って今度は後ろに身を投げる。いつかの詠唱により、爆発の第二段が放たれたためだ。爆発によって四散する風に乗り、大きく後方へ下がった。


「だけ、ど。そこには…」


 しかし、いつかは壁にたたきつけられた格好のまま、不敵に口の端をゆがめる。晃雅の着地地点に目を向け、その後に起こるであろう事象に、思わず笑みをこぼしてしまった。


「……っ?!」


 気付いた時にはもう遅い。大きく距離をとった晃雅の着地地点が、彼の足が着いた途端に赤く光る。瞬間、それは広がって魔方陣を構成、晃雅の身体に痺れが走った。


「《縛り地雷(バインド)》。試合開始、と同時に、魔術札を設置させて、もらった…よ。気付かれないで、よかった」


 幾分かダメージから回復したのか、壁にたたきつけられた当初よりは滑らかな口調で、いつかは告げる。同時に、いくつかの魔術札を取り出しながら。


 彼は、符術師だ。札に魔方陣を書き込み、魔力を込めることによって、自身の得意としていない属性の魔術も自在に操る。

 《バインド》は実は風の派生である雷属性に、ある程度の才能を持っていなければ行使不可能な魔術なのだが、いつかはいとも簡単にそれを行使した。それは、確かな魔方陣の知識と、精密な魔術コントロールの賜物である。


「……拘束、か。それで、何をするつもりだ? いつもの爆発なら、相当簡単にダメージを与えられるはずだが……それはしないのか?」


 痺れて動かない身体に、若干顔をしかめながら、晃雅は問う。この状況ならば、簡単に行使できるいつかの特殊爆発を使用するのが吉のように思えるのだが、その彼は全くそうしようとせず、ただ不敵に笑っているのだから。

 叩きつけられた格好のまま動かず、魔術の詠唱すらもしない。晃雅には、何を考えているかさっぱり分からなかった。


「……しかも、ここで黙秘、ね」


 晃雅の問いにすら答えず、叩きつけられて地に座り込んだままの姿勢で、ただこちらを見据えているいつかに、晃雅は不満を洩らす。その間も思考をめぐらせていた。

 しばらく、なんの動きも見せない状況が続く。いつかは今までどおり、無様な姿勢のままに不敵な笑みを浮かべ続け、晃雅は縛りつけられたまま、頭を働かせ続ける。いつかの思考を読むために。




「……時間稼ぎか」


 唐突に。晃雅は思い至る。

 そこからの彼の行動は早かった。縛り付けられたままの身体を必死に動かそうと魔力を吹き出させ、無理矢理に右腕を動かしはじめる。縛り付けられていることが嘘のように、滑らかな動きでその右手を自身の制服の懐へ伸ばした。

 その懐に手を突っ込み、縛りに逆らいながら何かを取り出し、ここで限界を向かえ、その取り出した物を落としてしまう。だが、それは彼にとって正解のようで…。



 キンっという短くて高い音と共に、晃雅の取り落とした球体の物質から炎が噴き出した。炎の魔術を詰め込んだ魔珠。ツールの一種だ。その吹き出した炎によって下に描かれている魔方陣を抉り、一瞬で自由になった身体を動かし始める。

 そのままの勢いで魔方陣跡地から飛び退き、懐から取り出したナイフを投げつける。徒手空拳だけが、晃雅のスタイルではないのだ。


 しかし。投げたナイフが、いつかの腹部を貫き、それでも紅い血が滲まないことに気付く。蘇るのは、先ほどコロシアムの壁にたたきつけた時の違和感だ。


「やはり、身代わり…!」


 悟った瞬間、壁にいたいつかは、不敵な笑みを残して消え去る。そこにあった風が、次の瞬間には吹きぬけている、そんな気まぐれさを残して。今まで、いつかを認識できたのは、“風”のほんの気まぐれだった。……いや、それは“いつか”と呼ぶべきではなかったのかもしれない。



「……ふふ、僕は、空間魔術師だ。だけど、風属性も得意なんだ」


 どこからか、いつかの声が響く。


「空間を操って、君からは見えないようにしてる。……そもそも、君と試合開始前に話してたのは僕じゃないしな。あれは、僕の魔術札から発生させた、風の人形さ。風はどこにでもあって、どこにもない。あれは存在していたけど、ただの影に過ぎなくて――でもまぁ、難しく言う必要はないか。要するに僕の分身だったってことだな。……あぁ、一応これも武器扱いだし、試合開始前から身を隠してはいけない、というルールもない。許可も貰ってるから、反則ではないからな」


 響く声は、試合開始前から晃雅を倒すための準備をしていたと告げる。おおかた、“バインド”の札を設置したのも、隠れている本体のいつかだろう。晃雅が見る限りでは、相対していた“いつか”に、札を仕掛ける隙などなかった。


「……それで、なにが目的だ? 無駄話に興じる余裕があるんなら、もう準備は整ったんだろう? さっさと仕掛けて来い」

「君はせっかちだな。……でも、分かった。これが、僕の最後の決め手だ。さっきまで、長ーい詠唱をバカみたいに唱え続けたんだ。くたばってくれよ?」



―――――《完全空間支配、虚》



 ズズズ…そんな鈍い音と共に、コロシアムの戦闘区域全域を、なにか黒いモノが覆い始める。どうやら、晃雅に避ける術はないようだ。

 その黒いモノはコロシアムの四方の端から広がっており、そこに札でも設置してあっただろうことが読み取れた。ずいぶん詠唱も長く、札の設置から時間がかかるので、実用性も低いのだろうが、効果は折り紙つき。現在のいつかに行使可能な、最高の魔術と言ってもいいだろう。


「ほら、これで君は僕の空間の住人だ。喜べ」


 響いた声は届く。が、すでに晃雅の目に、いつかは映っていなかった。先ほどの“黒”で視界を埋め尽くされ、一寸先すらも視認できなくなったからだろう。


「……これは、ピンチかもしれない」


 自身ではなく、フィールド自体に影響を与える魔術。それは晃雅が一番苦手とする魔術形式であった。自分自身にかけられた魔術でなければ、魔術耐性も効果がないのだから当たり前だ。

 そんな少しの不安を抱きながら、いつかの本気と言える第二ラウンドは始まる。彼の反撃、開始である。



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