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ふふふ、その子がけが人かな?



 指先から迸る、紫色の光。それは、ゆあを貫かんばかりに……とてもではないが目では負えない速さで彼女の額に照射された。

 どこからか聞こえる、危ないっ、という声。おそらく、有流人が魔術を放つ前に、誰かが言った言葉だろう。そうでなければ、こんなにも速い魔術が当たる前に、それだけの言葉を聞き取ることは出来ないだろうから。

 そんなどうでもいいことを考えながら、ゆあは光に貫かれ…。


「あ゛あ゛~。めんどくせぇことしてくれたなぁ、おい。おかげで、親父にかりだされたじゃねぇか」


 ……貫かれなかった。何者かの乱入によって。

 ゆあの額近くに右手をかざす彼は、そこに真っ紅な炎を灯し、直撃するはずだった光の筋を遮っていた。

 光線を遮ったその彼は、炎の灯っていないほうの手で、不機嫌そうに後頭部をガシガシとかきむしり、そこに立っていた。その身体は、薄く炎を纏ったかのように揺らいでいる。後ろから、ぼーっと見るだけでも、感嘆の溜め息をこぼしたくなるような、見事な金色の髪を持ち、ゆあから見える後ろ姿は、どこまでも頼れると錯覚を起こすように、広い背中が印象に残った。

 前から見れば、鮮やかな碧い瞳を認識することが出来たであろうこの少年。名を、東條 仁という。今代学院長の、一人息子である。


 いきなり現れた仁を、有流人はなにかおかしなモノでも見たかのように驚きの表情で見、狼狽する。その表情に、今まで浮かべられていた、下卑た笑みは存在していなかった。


「だいたいよぉ、全魔戦ごとき子供の遊びで、こんなふざけた魔術使ってんじゃねぇよ。使ってたら、この先ずっと、彼女は魔術を使えなくなってたぞ? 相手を救い出す俺の身にもなってみやがれ。非常にめんどくせぇぞ、どうしてくれる、そうだ、次の試合でぶっ飛ばしてやろうそうしよう。覚悟はいいな?」


 学院長と同じく、めんどくさがりではあるのだが、自分の平穏で楽な生活を潰された恨みは、必ず返す主義らしい。随分挑発的な態度で、有流人を睨めつける。

 それに若干の恐怖を抱いたのか、有流人は些か慌てたように背を向けた。


「ふっ、どうせ、君は問題なく倒すつもりだったさ。この勝負も、君の乱入でゆあちゃんの反則負けだしね。俺の勝ちだ。優勝は、もらってくよ。そして、ゆあちゃん、君のこともね」


 そういい残し、有流人はコロシアムから去っていった。


 その、仁から逃げるように去ってゆく彼を見届け、ゆあはやっと安心したような溜め息をついた。恐怖から解放され、緊張も解けたのだろう。

 そんな様子の彼女に気付き、仁は大変めんどくさそうな表情を浮かべながらも、ぱっと手を振って回復魔術を発動させ、彼女が立ち上がれるように手を差し出す。


「おぃ、だいじょーぶか、あんた?」

「ひゃっ! えと、あの、うん。だいじょーぶ…だよ?」

「ふらっふらじゃねぇか。大丈夫そうに見えねぇよ。ほら、手ぇつかめって。ずっと差し出してんのもめんどくせぇだろうが。折れてた骨だって、一応治したしな。もう、痛くねぇだろ?」


 そう言って、仁はゆあの目の前で、自身の右手をぷらぷらと振るう。ゆあは、その手を恐る恐る、と言った具合に握った。本当に、痛みは感じなかった。回復魔術は、希少な“特殊魔術”の一つに数えられるのだが、仁には行使可能なようだ。しかし、彼曰く『回復魔術についちゃあ、西藤家のヤツらにはかなわんよ』だ、そうだ。どうも彼は、最低限の回復魔術しか使えないらしい。


 閑話休題。


 彼の手を握った瞬間に、ぐいっと引っ張られ、あっという間に立ち上がってしまう。勢いあまって、彼の胸に飛び込みそうになるのを、慌てて踏みとどまった。


「その、あ、ありがとう…」

「ん、どーいたしまして、っと。まー、南原は俺らん中でも性格悪りぃ方だしなぁ、あいつの言うことなんて、聞かなくてもいいぜ? これからも、困ったことがありゃあ俺に言えや。めんどくせぇけど、他の御尊四家が見苦しいとこ見せてんのに、尻拭いしねぇわけにもいかないしなぁ。助けてやるよ」


 そう言って、どこかやる気なさげだった表情に暖かな笑みを浮かばせた。変なところでめんどくさがりではあるものの、親である(ひとし)よりは面倒見もよく、人付き合いもいい人物なのかもしれない。

 そんな確信を得てしまうほどには、魅力的な笑みに、ゆあはなんだか少しドキりとしながら、礼を述べる。


「ホントに、助けてくれてありがとね…? いっつも付きまとわれて、断ってんのに告白されて……すごく、困ってたんだ。助かったよ」

「おう、そらなにより。めんどくさくっても動いたかいがあったぜ」


 そう言いながら、さり気なく手を離す。今頃になって、未だに手を握りっぱなしだったことに気がついたのだろう。些か、慌てた様子で手を離すのは、やはり彼が“男の子”であるということか。ずいぶん、恥ずかしげであった。

 もちろん、その“慌て”を敏感に感じ取ってしまったゆあが、さらに慌てて赤面してしまうのは、言うまでもない。

 しばらく、気まずい時間が流れた。どちらも、動けない。その様子に、放送側からも苦情が出る。当然のことだろう。試合は、まだ消化されきってないのだから。


『東條 仁くん。早く、その子を連れて戻りなさい。大事をとって、保健室に連れて行くべきでしょう』


 学院長秘書、谷口 真樹の声。どうやら彼女は、全てのブロックを観察し、回しているようだった。中々のやり手である。


「んー、なんだ、その、一応、保健室行けって言ってるみたいだし、俺が連れてこうか? ほら、俺って移動魔術使えるから。一瞬だぜ?」


 ほら、と言われても、初めて会ったのでそんなこと知らない。そう答えそうになったゆあだが、不思議と出た答えは肯定、それもずいぶんしおらしい頷きになってしまった。


「うし、じゃあ行こうか。《瞬動》」


 ぶつ切りの単語を一つ呟くと、途端に炎に包まれる二人。そして、そのまま二人の姿はコロシアムから消えていた。ゆあを助けるために入った時も、この魔術を使ってワープしてきていたのだろう。

 ちなみに、いつかはすでにこの時、次の試合に出場していたために、ゆあを助けることは出来なかった。このままでは、彼の恋は儚くも散ってしまいそうであった。





 白系統で纏められ、パステルカラーのカーテンがかかる部屋。そこの棚には医療用器具が並べられ、魔力枯渇を起こした人用に、魔力を溜め込んだ魔宝珠(まほうじゅ)もいくつか用意されていた。五台ほど、ベッドもある。奥には扉があり、その先に保険医がいるようだ。

 一般的に、保健室と呼ばれるそこに、唐突に吹き上がる炎と共に現れる者が二人。東條 仁と、高峰 ゆあである。仁の移動魔術による瞬間移動のおかげだろう、本当に一瞬で辿り着いた。


「うわぁ、ホントに一瞬だ! すごいね、東條クン!!」

「んー? そか? まー、そうなんだろうな。コレ、使えるようになるまでは結構苦労したし」


 少し、嬉しそうに答えた。この移動魔術は彼が提案、発明し、炎属性にさえ適正があれば行使可能(少なくとも机上では。現在使えるのは仁のみ)な魔術だ。自身の発明した魔術を褒められれば、誰だって嬉しいだろう。

 そんな嬉しさを、少しだけ気恥ずかしく思いながら、仁は保健室の奥にいるであろう保険医に声をかける。


「おーい、けが人連れきたぞ。手を骨折したっぽくてな、回復魔術は使ったが、念のため診てやってくれ」


 仁の、大きくはないがよく通る声に反応し、保健室の奥からくぐもった声が聞こえる。ずいぶんホラーな声音だが、仁が特になにも動じないので、ゆあはビクッとするだけに済ませて前を向いた。

 そして、やがて開かれる扉。そこから覗く、くすんだ白髪。完全な三白眼の持ち主の彼は、まるで死神のように薄気味の悪い笑みを浮かべ、こちらに向かってきた。


「ふふふ、その子がけが人かな? どれどれ、見せてごらんなさい。僕がおもしろおかしく解b……じゃなかった、やさしーく治療してあげるからぁ」


 名を、樺根(かばね) 司郎(しろう)。学院では“マッドでホラーな保険医(正直出くわすと怖い)”と呼ばれ、親しまれ……たらいいなぁ、と、彼は常々思っているとかいないとか。

 彼のその“怖さ”は、愛称(と言っていいものなのかは分からないが)の通り、常軌を逸している。少女が怯えるのも無理はないだろう。


「ひぃえ?! む、無理ぃっ! たたた、助けてよ東條クン!!」


 そのあまりのマッドさに、思わず仁の後ろに隠れて服の裾を掴んでしまうゆあ。完璧に、ドン引きだった。そのうえ、ドン引きされたことにも気付かないのか、先ほどの笑みをまったく壊さずに仁の後ろへ手を伸ばす保険医。……声音と同じく、ホラーだった。

 さすがの仁も、このホラーさはまずいと思ったのか、少しゆあをかばうような立ち位置を取り、声をかける。


「落ち着けっての。あんた、保険医だろ? 怖がられてどーする。だいたい、この子の骨折は一応、治しといたしな。異常がねぇか、レントゲンとってくれるだけでいんだよ。ほら、あんたの魔術なら一瞬だろ? さっさとやれ、ここに立ち尽くしっぱなしってのも、めんどくせぇ」


 どうやら仁は、保険医・司郎と知り合いらしく、相手の魔術がどんなものなのかも分かっているようだった。病気やけがの状態を見るのには、もってこいの魔術だとか。


「そうだねぇえ。うん、じゃあ見てみよう。ほぉら、腕だけでも出してごらん? すぐさま切り裂いて血管を……じゃなかった、診てあげるから」


 やはり、ずいぶん危なげなことを口にする司郎。……知り合いである仁さえ、彼に見せるべきではないかもしれない、と思いはじめてしまうが、彼が制止する前に司郎は“診る”ための魔術を発動させ、ゆあの両手を覗き込んでいた。


「《探知(ディテクト)》」


 ぽぅっと、司郎の瞳に蒼い光が灯る。これまた、なんともホラーな光景だった。

 しばらくの間、無言で骨折していたゆあの両手を注視し――その間、ゆあはなんとも居た堪れない気持ちで視線を逸らしつつ、仁の服の裾をギュっと握りしめ続け――やっとのことで目を離した。


「ほぉう。仁くん、君の回復魔術も、レベルが上がったようだねぇえ。クフフっ! 完璧、完璧だよぉお! ますます、御尊四家の解剖をしたくなってk……いや、なんでもないよ。その治療は完璧だったようだからね、僕は奥の部屋に戻るとしよう。ふふ…あははははぁ!!」


 哄笑し、司郎はそのまま奥へと歩いていってしまった。もちろん、気色の悪い哄笑はそのままに。……非常に、不気味である。




「……あの人はさ。治療は、完璧な人なんだけどなぁ。回復魔術と言やぁ西藤家だが、あいつらにも負けないほどの治療術を持ってるとか。でもやっぱり、解剖…とかはキツいよな。悪りぃな、あんなトコに連れてきちまって」


 保険医・司郎から完治を告げられた二人は、ゆっくりと豪奢な装飾のなされた廊下を並んで歩いていた。その時、唐突に呟いた仁。“あの人”とは、言うまでもなく司郎のことだろう。


「き、気にしないよ! だって、ちゃんと助けてくれたし、その、嬉しかった!!」

「あー? そうか? なら良かった。親父に命令されて、仕方なく助けたんだが……まぁ、あんたみたいなヤツだったら、助けてよかったよ」


 豪勢で広い廊下に、二人の声が響く。他の生徒のほとんどはコロシアムの観客席にいるのか、廊下は非常に空いていた。声が、とても響きやすい。

 二人の歩幅の違う足音も、カツン、カツン、と少しずつずれて聞こえてくる。それがゆあには、なんだかおもしろかった。少しだけ、リズムを刻みながらスキップしてみた。


 ――なんか、変にテンションが上がってしまうのはなぜだろう。


 ゆあ自身ですらそんな疑問を持つテンションだ。当然、隣を歩く仁も異変に気付く。


「楽しそうだな? 南原のヤツ、まだ諦めてねぇんだぞ? んな能天気で大丈夫か?」


 そして、仁のその言葉は、ゆあのハイテンションを急激に冷めさせた。


「あの、その……」


 急に落ち込んだ様子で言い淀んでしまった。仁の“能天気”という言葉も、言いえて妙だ。未だ、南原 有流人の告白問題は解決していないのだ。トーナメントで優勝すれば、ゆあの抵抗などお構いなしに付き合わせようともしている。ハイテンションになっている場合では、決してない。

 それを察してか、ゆあは自己嫌悪にまで陥り、先ほどのテンションが嘘のように落ち込み始めた。……さすがの仁も、いくらめんどくさがりとはいえ、そんな状況に見かねる。


「あー、そうだ。南原のヤツはさぁ、確かトーナメントで優勝したら君をもらう、とか抜かしてたよなぁ?」

「……うん」


 力なく頷く。ずいぶん、弱々しかった。有流人に負けたこと、その彼の告白から自力で逃げることが出来ないこと、それを察してしまっているのだからしょうがない。

 だが、気を使った仁から、思わぬ助けが。


「んで、俺がヤツと同じブロックなのは、知ってるよな?」

「うん、知ってる…」


 どうせ御尊四家とあたるなら、東條 仁と当たった方がマシだったな――試合前にそう考えていたことを思い出す。


「そして、ヤツは試合に勝ったら、お前を恋人にするつもりだ、と。……なら、ヤツの横暴を確実に防ぐ手があるぞ」

「え?! なに? 教えて!!」


 ガバッと嬉しそうに顔をあげ、訊ねるゆあ。そんな彼女を、少し微笑ましく思いながら、仁は答える。


「俺が、あいつをぶちのめす。俺さ、結構お前のこと、気に入ったしなぁ。んで、あいつは気に入らねぇし。あいつが二度とその気にならないように、釘を刺しといてやるよ。本当ならめんどくせぇからやんねぇけどな? お前は、特別ってことにしといてやる」

「ほ、ほんとに?! ありがとうっ!!」

「はは、気にすんなってーの。ただの俺の自己満さぁ。まー、めんどくさがりの俺がこういう風に積極的になるのは、珍しーけどな?」


 そう言って、仁は笑う。何度も何度も、自分がめんどくさがりであることや、その行為を自分がやるという希少性について語るものの、彼の表情はどこか楽しそうだった。


「お、着いたんじゃね? 確か、お前は208号室だって、言ってたよな?」

「あ、うん…」


 少し残念そうな表情をして俯くものの、肯定して後にハッとして顔を上げる。お礼を言わなければ失礼だろう。


「その、えと、送ってくれて、ありがとね?」

「おう、どういたしまして。……あぁ、そうだ。さっきも南原について困ったことあったら俺に言えって言ったばっかだしなぁ、一応、俺のメアド教えとくよ。赤外線、いけるか?」


 そう言って仁はケータイを取り出す。ゆあもすぐに応じ、メアドの交換はすぐに終了した。……女性にメアドを聞く方法としては、かなり鮮やかな方法であった。

 まぁ、彼がやるからこそ、自然に、なんの躊躇いもなく出来ることなのかもしれないが。



「あの、またお礼するね。私が言うのもおかしいかもしれないけど、試合、頑張ってくださいっ」

「おー、任せろ。んじゃあ、コレで失礼すんぜ。次の試合まで、自室で寝ることにする。また、二人で会おうぜ。じゃーな。……《瞬動》」


 ゆあの目の前で、鮮やかな紅の炎が燃え盛り、彼の身体を一瞬で運び去っていった。……去り方まで鮮やかだ。


 この光景をもし、いつかが見ていたとしたら……彼が、落ち込んでしばらく起き上がれなくなることは、説明するまでもない。


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