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後悔させてやるっ



 Bブロック、トーナメント第十回戦。ブロック内の一~八回戦を勝ち進んだ八名の中で、二回目にあたる試合だ。御尊四家の者が二人いるせいか、他のブロックはまだ八回戦を終えてもいないのに、ここまで進んでいるのである。

 ちなみに現在は、Aブロック第七回戦終盤、Bブロック第十回戦直前、Cブロック第八回戦中盤、Dブロック第九回戦直前、といったところだろう。Bブロックの、試合消化の速さが窺える。


 そんなBブロックの第十回戦に出場する選手、高峰 ゆあは、目の前の一年先輩の少年と相対していた。――南原(みなみはら) 有流人(あると)。御尊四家の一角、南方を守護する家系の御曹司である。


「それで、答えは決まった?」


 癖のある黒髪と、黒い瞳のその彼、意外と整った顔立ちをしている。だが、その性質はワガママ。それに尽きる。大きな欠点だ。


「最初から、嫌って言ってるじゃないですかっ!」


 どうやら彼は、彼が以前、ゆあに問うたであろう何かの問いに対し、Yesを求めているらしい。ゆあがあれほどまでに有流人との対戦を嫌がっていたのも、彼にこの問いの答えを、ひいてはYesを求められるからのようだ。

 なんでも、以前に廊下ですれ違った際に、一目惚れされたとか。そして、一も二もなく告白。もちろん断ったのだが、『いやだな、照れ隠しか? 素直になりなよ』などとのたまい、それからというもの、会うたびにYesを迫ってくるようになったのだ。

 ……ゆあが避けるのも、無理はないだろう。


「ふふ、また照れ隠しか? 可愛いな。でも、さすがにそろそろYesをくれないと、俺、怒っちゃうかもね」

「私には恋人を選ぶ権利もないんですかっ?! あなたとは嫌です、そうきっぱり断り続けていますっ!!」


 綺麗な弧を描く眉を盛大に顰め、大きな声で言い返すのだが、それでもワガママな有流人には通じないらしい。

 必死の抗議も意味をなさず、彼は『そうだ、いいこと思いついた』と、ゆあの否定を受け入れずに自分勝手な提案をする。


「俺がこのブロックのトーナメントで一位になったらさぁ。そしたら俺と付き合いなよ。さすがに、そうなったら俺に惚れてくれるよね? そうに違いない。よかった、それなら俺と君が付き合う可能性は100%だね」


 随分、傲慢な物言いだ。そして、“ゆあが自分に惚れる”と、信じて疑ってもいないらしい。どうせなら、“ブロックを勝ち抜いた四人で行われる一位決定戦で優勝したら”と言えばいいものを、“冷酷”や“キレ者”な気質の北川家や、西藤家に勝つ自信はないらしく、ブロック限定にする小物ぶりを発揮しているというのに、傲慢なヤツである。

 そのうえ、“ものぐさ”な東條家すらも見下しているようで、ブロック優勝を確実なものとして見ているという、その奢り。どこかで必ず、痛い目をみるだろう。


「い、いやですよ…。私は、あなたとは付き合いませんっ!!」

「だから! 照れ隠しはもういいって。……でもまぁ、すぐに試合は始まるしね。抗議は、受け付けないよ。君と付き合うため、まずは君を倒してあげる」


―――――Bブロック第十回戦、始めっ!


 彼の言葉と同時に鳴り響く放送。Bブロックトーナメント・第十回戦目は、ゆあの否定を待たずに始まってしまった。





 変化は、すぐに起こった。詠唱が必要とはいえ、ゆあの魔銃はほぼワンアクションと言っていいスピードを誇る。一言、『装填(リロード)』と告げるだけで八発の銃弾を打ち続けることが出来るのだ。ゆあの武器は速さと言っていいだろう。

 銃弾を放ち、ゆあは即座に上位魔術の詠唱を始めた。――無論、銃弾を装填し、放って牽制をする間にも、詠唱は出来る。御尊四家には……特に、ワガママに育てられた有流人には、魔術の才能はあっても運動能力には乏しいと踏んだ彼女は、魔銃での牽制で十二分に時間を稼げると読んでいたし、その間に完成させるロングスペルでの上位魔術ならば、いくら御尊四家といえども大きなダメージを与えられるだろう、そう考えての行動だった。


 だが。御尊四家が、そう簡単に手玉に取られるはずはないのだ。端的に言えば、最初に放った銃撃から無意味だったと言ってもいい。本来、魔力の込められた魔銃の銃撃ならば、通常の銃弾を通さない服をも突き抜けることが可能だ。幾分、威力は衰えるものの、直撃すれば激痛に見舞われるはずである。

 それなのに、有流人は全く動揺した様子なく、その銃弾を受ける。また、それによって苦悶の表情を浮かべることもなかった。


「《capo(カーポ)》」


 ただ、ゆあの銃弾を受けながらたった一言、彼は告げる。それだけで彼らの――御尊四家の魔術は、通常生徒の上位魔術に値する力を発揮できる。

 よく、楽譜で『初めの意』を示す言葉として使われる単語。それで有流人の魔術は始まった。


 ―――――音魔術。それが、彼の扱う特殊魔術の名だった。


 始まりと同時に、ゆあは声を失う。彼の音楽の始まりに、他人の演奏は要らない――そう告げるように。

歌うように紡がれていた長文のルーン詠唱が、ぴたりと止んだ。


「いけないなぁ。いきなり俺にそんな武器を向けてくるなんて。それ、普通の服を着てたら結構痛いよ?」


 詠唱が止んだことで、有流人は余裕を得たのだろう。下卑た笑みを浮かべ、嬉しそうに話しかけながら、ゆっくりと距離を詰める。

 だんだんと近づいてくる有流人に恐怖を抱きながらも、ゆあはなにも出来なかった。ただ、『普通の服ではないのか、制服着用義務があるのではないのか』という非難の意味を込めた、憎々しげな視線、それだけを送り続ける。


「んー? 俺の服が、どう違うのか気になるって? しょうがないなぁ、そーんな可愛い瞳で見つめてくる君になら、特別に教えてあげよう。つっても、大したもんでもねぇんだけどねぇ。実はこの服さぁ、ウチで最近造られた服でね。純粋な魔力は全部吸収しちゃうように出来てるんだ。もちろん、許容範囲以上の魔力を浴びればダメージはこっちにくるけどー、まぁ君の魔銃程度じゃ、絶対に通さないよね。ちなみに、武器と並んで防具の着用も許可されてるから、反則じゃないよ? 理解、してくれた?」


 べらべらとよく喋り、抜け目のない釘刺しも忘れない。完全に、勝ったつもりでいるだろうし、実際にその通りになると、誰もが――当事者であるゆあさえもそう予想した。

 否、せざるを得なかった。


「じゃあ次。抵抗しないみたいだし、ちょこっと調教しながら先に進むとしよう。始まりと同時に終わっちゃ、つまらないもんね」


 そう言って、彼はクヒヒと笑う。趣味の悪い笑みだった。ひとしきり笑い、その表情を貼り付けたままに、有流人はゆあに手を向けた。


「《grave(グラーヴェ)》」


 音楽用語で、重々しく。その言葉の意味とはかなり解釈の仕方に違いはあるものの、その魔術は、重力を操るものだ。これは、魔術が魔術師本体のイメージに左右されることに由来するのだが、それは、今は些事と言っていいだろう。何故なら、ゆあの身体は実際に重力の影響を今までよりも大きく、感じることとなったのだから。

 膝を伸ばして立つこともままならなくなり、ついに片膝をつく。ゆあは、震えるように下を向きそうになる頭を、必死に前へ向け、ただ、目の前の有流人を睨んだ。


「おほぉ♪ いい目だよ、ゆあちゃん。もっと抵抗してくれ、もっと敵対心を見せてくれっ! それを服従させるのが、なにより楽しいんだっ!!」


 狂気を孕んだ瞳。剥がれ落ちない気味の悪い笑み。――それに、ゆあは恐怖した。この人物に、自分はなにをされるのだろうか、と。この人に、抗う術はもうないのか、と。絶望の色を瞳に浮かべそうになる。

 それでも、諦めるわけにもいかない。有流人をトーナメントで優勝させるわけにはいかないのだ。自分では勝てないにせよ、少しでも有流人を消耗させ、優勝だけはされないようにしなければ、自分の自由恋愛の機会はほぼ永久に奪われるのだから。

 気取られることのないよう、静かに、魔力をかき集めた。動けないわけではないのだ。声が出ない、そして身体が異常に重い、ただそれだけ。まだ、噛み付く手段は残っている。


「じゃあ、次ぃ~♪ 《calando(カランド)》」


 意味は、次第に消えゆくように。

 言葉と同時に、ゆあがかき集めていた魔力すら、減少をはじめる。それはまさに、次第に消えゆく魔力。せめてもの抵抗にかき集めていた魔力は、あっという間に消え去った。ゆあの表情は、瞬時に青くなる。もはや、抵抗する術はない……そのような絶望すら感じさせる瞳だった。


「変に抵抗しようと、魔力を集めるのがいけないんだよ? そんなのが分かったたら、こうやって魔力を消し去るしかないじゃないか」


 そう言って、またも笑う。下卑た笑みを浮かべる彼とゆあの距離は、もうすぐそこと言えるほどまでに迫っていた。


「俺は魔力の流れを音で認識できる。魔力を動かせば、俺は知覚できるんだよ。だから、隠そうとしたって、む・だ♪ お分かりぃ?」


 クヒヒヒッ! 思わず、声が洩れた。歪んだ表情に、人としての情が覗くことはない。ただ、ワガママが過ぎておかしくなった少年に、娯楽を与えるのは他人の恐怖、それだけだった。


「でも、もうそろそろ終わりにしてあげようか。抵抗の意志も消えたみたいだし? 大丈夫、抵抗してくる君も素敵だけど、従順な犬みたいになった君も、きっと可愛いから」


 ほぼ魔力の枯渇した、ゆあの目の前。有流人は、そんな背筋の凍るようなセリフを傲然と吐き、お馴染みの笑みを浮かべた。そして、右手の人差し指をぴんっと突き出し、ゆあの額に押し当てた。


「ばいばい」


 指先に、魔力が集中する。これで、終わり。有流人は、呆気なく済んだ試合を思い返しながら、クヒヒと笑う。洩れでた笑い声を、抑える気にはなれなかった。指だけは突きつけたままに空を仰ぎ、大声で笑いこけた。

 ――だからだろう。ゆあの瞳に、新しく意思の光が灯ったことに気付かなかった。声の出ない喉を使って、音のない呟きを一つ。


「(魔術がないからなんなのさ。魔術に、魔術以外で抵抗してる人は、確かにいるんだ)」



―――――勝てなくてもいい。後悔させてやるっ



 勢いよく顔をあげ、ギンッと睨みを利かせつつ、身体中に力を込める。魔力なんてなくても出来る、なんてことはない“立ち上がる”という動作。ゆあにはもう、抵抗の意思はないと決め付けていた有流人には予想外の展開、完全に意表をつかれた。その隙に、彼女は渾身の力を振り絞って両手を重ねて小さなハンマーを作り、小さくでもいい、少しだけジャンプした。

 そしてそのまま……。


「(くらえぇぇえっ!!)」


 声にならない叫びをあげ、有流人の肩口に、思い切り振り下ろした。有流人の加重魔術により、下へ向く力は一時的に凄まじいモノとなっている。振り下ろした拳は、間違いなく、有流人の肩口に綺麗にはまった。


 バキっ! 聞こえてはならない、ナニカが折れるような音。肉を隔てて響く、ソレが折れた音は、とても鈍い、ひどい音だった。……骨が、折れたのだろう。

苦悶の表情を浮かべ、声にならない叫びをあげる。それも当たり前だ。それだけの威力だったのだから。

 ただ一つ、ゆあには誤算があった。その苦悶の表情を浮かべている者、それが……。


「……自滅、か。クヒッ! その抵抗には心惹かれるけど、そーんなんじゃ俺の特注の服に衝撃を伝えることなんて出来ないよ? 言わなかったっけ? 俺の服は魔力を吸収し、物理攻撃は―――――その衝撃を跳ね返す、って」


 彼女自身の骨が折れた、という誤算。それが、彼女の最大の誤りだった。有流人の防具の性能を、甘く見すぎていたのだ。


「わー、痛そうっ♪ んー、そうだなぁ。俺も鬼じゃないし、骨を折った君を蹂躙するような趣味はないしー、終わりにしてあげようっ! いくよ。《fine(フィーネ)》」


 終止符。その意味の言葉告げられる。ゆあの目の前にいた有流人の指先から、終わりを告げる光の筋が、彼女へ向かって飛び出した…。


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