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うん、相変わらずだね



 杉山 いつかがあっさりと吉井 海斗を倒し、勝ち進んだ頃。演技とはいえ、仲間の誰も応援に来ないことを嘆いていたいつかの想い人である高峰 ゆあは、寮部屋で一人、自身の得物を念入りにチェックしていた。

 この全魔戦、今までに武器を使用する生徒は描写していなく、実際に武器を使う生徒も少ないのだが、実は武器の持ち込みが可能である。もちろん、それによって相手に致命傷を負わせれば罪にも問われるので、あまり殺傷能力の高い武器を持ち込む者はいないのだが、武器の種類は無制限だ。


 今までに、剣や槍に魔力を纏わせる魔纏士(エンチャンター)とでも言うべき生徒も、トーナメントには数名が出場している。武器に魔力を纏わせることで威力を調節し、あえてナマクラにして打撃を加えたり、逆に威力を高めて同じく武器を持った生徒の得物や、土魔術で作られたゴーレムを破壊したりなど、なかなかに便利な魔術である。しかも纏わせるだけなので、魔術としては簡易的なものとなり、他の属性魔術などを同時行使できることも大きな利点と言えるだろう。

 しかし、もちろんこれも“魔術”であるので、詠唱が必要になる。詠唱が必要となる魔術ということは、晃雅にも行使不可能ということだ。魔力を噴出することは出来るのだが、纏わせるように自由に動かすことすら出来ないのが彼の魔力。噴き出そうとすれば、それは全身から溢れ出し、意図せずに渦巻いて再び彼の中へと還るのみ。晃雅にとって、魔術師となる最後の道であった魔纏士(エンチャンター)への道も、七年前に潰えた。


 閑話休題。


 上記で説明した魔纏士(エンチャンター)であるゆあだが、彼女の試合はもはや十数分後に迫っている。得物の点検も、最終確認といったところだろう。左右の手に収まる小振りの筒をガチャガチャといじくり、どこか気難しい表情を浮かべている。


「なーんで、御尊四家と、こうも早くあたるかなぁ。咲良なんか、初戦だったし。もう、なにかの因縁があるとしか思えないよ。学院長の息子……えーと、東條 仁だっけ? その人も同じBブロックらしいし。ホント、運ないよ」


 そう、彼女の次の試合相手は、御尊四家が一角、南原家の者なのだ。名を、南原(みなみはら) 有流人(あると)。学院の二年生である。

 御尊四家の中でも特に“お坊ちゃま”と言うに相応しい待遇で育ってきたらしく、そのせいか、御尊四家の子女のなかでも特に我がままで傲慢、『この世の中心は俺だ!』というような思想の持ち主らしい。他の御尊四家も多大なる権力を持っているし、さらに権力を持つ天城寺家もあるが、その子女でさえ、ここまで我がままな性格を持つ者はいないだろう。あの北川家でさえも、その性質が冷酷なまでに高い上昇志向の持ち主というだけで、物事をしっかりと考えた上で、自身のやるべき仕事はこなしつつも目的を達しようとする者が多いので、我がままというには程遠いと言える。その残酷さに目を瞑れば、非常に有能な家系である。

 ちなみに、捕捉しておくが、東條家の者は総じてめんどくさがりで、おおらかな気質の者が多く、西藤家は基本的に穏やかで優しいが、頭のいいキレ者が揃っているとか。

 その事実を考えると、ゆあはさらに不幸なのかもしれない。“冷酷”な北川家とあたった咲良の凶運も嘆くべきものだが、彼女としては“我がまま”な南原家とあたった自分は、さらに運が悪いのでは、と思っている。


「……どうせあたるんなら、東條クンのほうにあたればよかったんだけど。あっちなら同学年だし、永崎くんが言うには結構話も分かるほうらしいしね。手加減は絶対にしてくれそう。てか、楽に勝とうとするだろうし、本気は出さなそう」


 このような嘆息は絶えない。どうやらよほど南原家とあたるのが嫌らしく、先ほどからひとり言がずっと続いているのだ。心なしか、憂鬱で暗い雰囲気を纏っている気がする。

 それには理由があるのだが、彼女にとっては思い出したくもない記憶だ。ただ、南原家の者に……いや、“南原 有流人”には、もう二度と会いたくなかった、とだけ言っておこう。


 そんな陰鬱な空気が流れるこの寮部屋にも、空気を換えてくれる訪問者が現れた。ノックのあとから聞こえてくるのは、自身の大事な親友と、その幼馴染という少年であろう声。二人仲良くと言うべきか、同じような言葉を同時にかけてくる。


「「ちょっと、試合前の声援を贈りに来た(よ)」」


 やはりこの二人は息が合う。そのように、ちょっと呆れたように笑い、暗い雰囲気を払拭するように、サイドポニーに纏めていた髪を下ろし、扉を開ける。

 開けた先には、案の定、咲良と晃雅が。先回の試合直後、観客席から見ていたところでは、咲良は泣いていたように見えたが、どうやら収まったようで今はいつも通りのふわっっとした笑みを浮かべている。それと一緒に、いつも通りにしかめられているくせに、どこか優しげな晃雅の表情を見て、なんだか気分がほのぼのしてきた。


「うん、相変わらずだね」


 その言葉が相応しかった。相変わらず、二人は仲がいい。幼馴染ということを考慮しても、相性ぴったし、といった雰囲気に包まれている。


「なにが相変わらずなの?」

「へ? ううん、なんでもないっ。ただ、仲いーなぁ、ってさ」

「うん、仲いいよ。晃雅は幼馴染だもん」


 嬉しそうに話す咲良の頬に差す朱色。彼らが言う“幼馴染”という関係にも、少しは進展があったのか、と邪推してしまうくらいには“恋する乙女”な表情に見えたが、どうなのだろうか。

 しかし、そんなゆあの期待には全く応えないのが、永崎 晃雅という男である。咲良の部屋でもあるこの寮部屋に入って最初に彼が目をつけたのは、咲良の私物などではなく、ゆあの机の上に置かれた小型の筒――つまり武器であった。

 確かに、幼馴染として咲良の私物などほぼ把握しているのかもしれないが、それでなくとも想い人(と、ゆあは思っている)の部屋であるのに、目をつけるのが武器とは、なんだか拍子抜けで味気ないことだった。


「あれが……高峰の得物か? 魔纏士(エンチャンター)だったんだな? 訓練の時は、使ってなかったみたいだけど」

「あー、うん。これの訓練より、普通の属性魔術を練習しておきたかったから」


 訓練時、乗り気でなかった晃雅が、始めた途端に豹変して鬼教官になったのも、今はいい思い出である。そういえば、あの時はいつかが参加していなかったようだが、彼は何をしていたのだろうか、とゆあが考えている間にも、晃雅の質問は続く。どうやら、この小型の筒の形をもつ得物に興味が尽きないようだ。


「魔銃、だよな?」


 小型の筒……その黒光りする重厚な小銃を指さして言う。


魔纏士(エンチャンター)の中でも珍しい装備だな。……俺たちの着る衣服は銃弾を通さない。着用するだけで、生地に覆われていない部分だって魔力の膜で護られる。だから、いまや銃を使う者はだいぶ少なくなったと聞いていたが…」


 晃雅の言う通り、現在の軍隊は銃などの近代兵器はあまり好まれない。確かに、魔術のように詠唱を挟まず、ワンアクションで攻撃できるのはかなりの利点ではあるのだが、銃弾の補給面や、銃弾を通さない服の普及という問題などもあり、使う者は極少数となったのだ。銃弾が有限なのに対し、魔力は回復するという面において無限であるとも言える、という事実も、銃が好まれなくなった理由なのかもしれない。

 しかし、彼女はその銃を使う。そもそも、銃弾に魔力を付与する魔纏士(エンチャンター)――魔銃士とでも言うべき者たちは、銃弾に魔力をしっかり固定しなければならないという点において、非常に少ないのだが。それでもゆあの得物は魔銃であった。


「そうだね。うん、魔銃を使ってる人なんて、数えるくらいしかいないよ。でも、私は普通の魔銃士とはちょっと性質が違っててね。多分、魔纏士(エンチャンター)とは言い難いんだろうけど、私は銃身に魔力を込めるんだ。実はコレ、武器型のツールでね? 魔力を込めると、銃弾の形に固定化させてくれるんだよ」

「つまり、打ち出すのは純粋な魔力というわけか。随分使い勝手がいいツールだ。……うん、良作だな」


 カチャリ…という音をたたせながら銃型ツールを一通り観察し、ゆあの手に返す。


「次の試合は南原だったな。難儀なヤツって噂だが、まあ頑張れよ」


 ついでに、激励の言葉も一つ。今回この部屋を訪れた、最初の目的を思い出したのだろう。先ほどまで武器に興味を示し続けていたので忘れがちだが、晃雅たちは彼女に声援を送りに来ていたのだ。


「私からも応援するよっ。たぶん、杉山くんたちの試合も終わってるし、音も送ってもらって観戦するね!」


 晃雅の激励に、思い出したように咲良も追従する。柔らかなその笑みは、御尊四家と対戦するという恐怖、そしてその相手がよりにもよって南原 有流人だという事実への不満を少し忘れさせてくれるような笑みだった。


「うん、そうだね…! 頑張ってみるよ! そろそろ試合開始だから行くけど、応援よろしくぅ!」


 右手でサムズアップし、無邪気な笑みを見せる。晃雅と咲良も穏やかに笑んでサムズアップを返す。

 そしてゆあは、応援の二人を伴って、Bブロックのコロシアム……試合会場へ向かうのだった。


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