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俺の前から消えてくれ



 冷たい。どこまでも冷たい表情。それなのに、優雅に吊り上る口の端。どこかのお嬢様が、紅茶を片手にコロシアムへやってきているのかと見紛うほどの優雅な笑み。サラサラと揺れる銀色の髪が、そこはかとなく高貴さを滲み出させている。

 その高貴な彼女は、目の前に立つ少女に冷たい微笑みを向け、人差し指をピッと天へ向ける。すでに立つことで精一杯な対戦相手――咲良に、雪音は自らの“得意な魔術”を使って対抗するという。明らかなオーバーキルになってしまうのだろうが、それが雪音にはたまらなく嬉しかった。


 天へ向けられた、その細くしなやかな指先を見つめ、雪音は今までで一番長く、通常の魔術師が上位の魔術を行使する場合と、同じ長さの言葉を紡ぐ。呟くようなそれは、彼女の高く透き通るような詠唱として静かに響き渡る。


「《幻想は雪として。煌きはしんしんと降り注ぐ》」


 響き渡るが、咲良にはなにも出来ない。魔力が枯渇したことにより、立つことすらままならない。ゆっくりと、膝をついた。ぼやける視界。身体が傾いだ。

 そんな彼女にも関係なく、詠唱は続いていく。


「《そして降り積もるそれは、全ての思い出を塗りつぶすように》」


 術の名などない。つけるのも滑稽だ。ただ、それは美しく。詠唱の通りに、純白の結晶が降り注ぐ。それはゆっくりと、しかし次第に激しく、やがては豪雪となって。


「《冷たい雪は空気を凍てつかせ、廻り回る針は動きを止める》」


 彼女の吊り上げられた真っ赤な唇の端から、妙に切なく吐息が洩れた。


「《―――――止まった針が時を刻むことは叶わず。ただ、冷たいこの地の時は止まる》」


 ピシリ。そんな音を立てて、真白の雪が降り積もるコロシアムの時は止まった…。


「動かなくなりましたね。時が止まれば、仕方のないことですが。……何はともあれ。これであなたの敗北は、決まったようなものです。時が再び動きだした際、あなたへの精神的ダメージは計り知れませんから。せいぜい、冷たい悪夢の中でもがいてください」


 今までの冷たくも魅力的な微笑みを消し、無表情に戻った雪音。だが、小さく呟いた彼女は、確実に喉の奥でくっくっく…と笑い声を洩らしていた。







 昔から、人と打ち解けるのは得意ではなかった。

幼少時代、友達など皆無。仲間に入れてもらうことは出来ず、それどころか話を聞いてくれる人物さえいなかった。それは、親さえも同じだ。

 少しばかり良い家系に生まれ、過剰な期待をされ、自身の持つ“人見知り”とでも言うべき気性のせいで避けられ、孤独を強いられた。彼女は正直、幼いながらに絶望していた。皆から避けられることに、ではない。この現状に対して何も出来ない人見知りな自分に、である。悲しい……悲しい幼少時代だ。


だが、そんな彼女にも、一つの“光”が出来た。すでに見捨てられたと思っていた親に、一つだけ感謝出来るとしたら、この“光”と引き合わせてくれたことに、なのだろう。



“光”と出会ったのは、彼女が五歳の時。代々、“光”が属する家系に仕えていた彼女の家系は、歳の近い子供を従者として主側の家系に差し出す。その差し出された子供が彼女であった。

 その非社交的な性格のせいで親にも見捨てられていた彼女だったが、その日、“光”の従者として対面した時、思わずハッとしてしまった。なんて綺麗な瞳だろうか、と。金色に染まったその瞳は、何故か彼女を救ってくれると、そう感じさせてくれた。


『“さくら”だったっけ? 父さんからキミの名前、聞いたよ。オレは晃雅っていうんだけど……まぁよろしくね』


 もじもじと何も言い出せない少女に、なんの躊躇いもなく話しかけたのも、彼女にとっての“光”である彼だった。しかめっ面だったはずの表情に、ふっと浮かべられた微笑みには安心させられたものだ。いつもならば無視してしまい、やがては飽きられて孤立してしまう……今回もそうなる、と漠然と思っていたのに、何故か今回は顔を耳まで真っ赤にしながらではあるものの、受け応える事が出来た。安心できるその微笑みに、心が和らいだのかもしれない。


『あっ、あの、えと、こ、こうがくん……よ、よろしく! お、おねがいします…』

『別に呼び捨てでいいって。そのかわり、オレもさくらって呼ぶから』


 そうは言うが、自分は従者だ。本当は、すらすらと敬語で接することが義務付けられているのに、それは出来ない。そのうえ、呼び捨てなんて……そんな葛藤が、彼女の中で巻き起こった。


『え、で、でも…』

『あぁ、従者とか? いいって、そんなの。どうせ、オレもお前もただの人間さ。だから従者とか関係なく、オレの友達になってくれると嬉しいな』


 今の晃雅からは想像もつかないほど純粋に、屈託の無い笑みが零れた。なんだか嬉しくなって、咲良は今と同じように柔らかく、ふんわりと笑って、元気のいい返事をするのだった。


『うんっ! よろしくね、こうが! わたしのおともだち!! えへへ』



………

……………



 白い。なぜか、真っ白な中に自分が一人、身体を持たない意識だけの状態で漂っている気がする。

 手持ち無沙汰に漂う中でなんとなく思い浮かぶのは、あの日の幼馴染。初めての“おともだち”が出来た日のこと。そして今は、一人の男性として意識し始めていることに、彼女は気付いていた。これが恋なのかな、と思ってみては悶え、『晃雅はお友達』と心の中で連呼する。こういう時、顔が真っ赤になるのがたまらなく嫌だった。

 だが、それはそれで思春期特有の悩みとしてむしろ幸せなことだ。真っ赤になるのも、恥ずかしくなるのも、意識しすぎて悶えるのも彼女にとっては嫌だったが、何故かふわっと優しい気持ちになって、柔らかく笑みを浮かべてしまう。



 ―――――私は、幸せだなぁ。あの日、晃雅と出会えてよかった。



 穏やかに、心の中で呟いてみる。なんとも言えない幸せに、心が優しく包まれた感覚を覚える。


 幼馴染とよろしく、と笑いあったあと、それは大変だった。晃雅が魔術を使えないことが判明し、迫害され、だからこそ自分は魔術に真剣に取り組んだし、晃雅はいろいろな努力をしてきた。それを、彼女は精一杯応援し、“おともだち”を決して見捨てず、ほぼ一日中を共に過ごすようになった。


『オレはいつもさくらに支えられてるけど、いつか、オレもお前を支える。……全力で、キミを護るよ』


 そんなことを言われたのは、いつのことだろうか。とにかく、随分昔のことだったのを覚えている。まだ自分のことをさす代名詞が“お前”だったり“キミ”だったり落ち着かない頃なので、おそらくは小学校高学年ぐらいの時分か。すでに成長した今なら、これほどまでに恥ずかしいセリフを吐けるはずもないので、正しい記憶だろう。

 なにか恥ずかしくも嬉しいセリフを言う時には決まって“キミ”と呼ぶので、どこかそう呼ばれるのを心待ちにしていた時もあったかと思うと、今でもどこか恥ずかしい。悶える。

 今、ここがどこで、なぜ意識だけがふよふよと漂っているような感覚に陥っているかは不明だが、とにかく嬉しくて恥ずかしかった。意識だけが漂う“今”で、表情を変えられているのかは分からないが、とにかく赤面した。



 ―――――楽しい? さくら。



 不意に、声が届いた。誰だろう、彼女はあるのか分からない首を傾げる。どこか幼さを残す少年の声だった。かなり聞き覚えがあるのだが、誰なのかがわからない。



 ―――――聞こえないか。なら、さくらのとこまでオレが行くよ。



 子供の声は、だんだんと近づいてくるように感じた。咲良は、さらに疑問を覚える。漂っているだけしか出来ないと思ってたのに、なんで動けるのだろう。

 そんなことを考えている間に、少年は目の前に迫っていた。黒い髪、金色の瞳をもつ、小学生くらいの男の子がそこにいた。


「……へぇ、五年でこんなに大きくなるんだ。胸とか」

「ひぇ?! あ、あの、晃雅、なの?」


 いつの間にやら身体の感覚が戻っている。彼女は、漂っているのは意識だけだと思っていたのだが。


「そう、オレは晃雅だ。お前から見たら、昔のオレだけどな」


 慌てる彼女に、“晃雅”は子供らしく無邪気に笑ってみせた。……ただ、どうにも意地が悪く、なぜか彼を纏う雰囲気が淀むのを感じた。


「あぁ、そうだ。さくら、オレさぁ、昔っから言いたいことがあったんだよね」

「い、いいたいこと?」

「そう、言いたいこと」


 さらに淀む。なんだろうか、この違和感は。

 そんな違和感を覚えて引き攣った表情になっている咲良を気にもせず、“晃雅”はニヤリと口の端を吊り上げて、普段からは信じられない言葉を言い放つ。


「いい加減、邪魔なんだよね。お前」

「じゃ、ま…?」

「そうだよ、なにがお友達だよ。魔術の使えないオレの近くで魔術の練習して、魔術以外の努力をしてるオレを嘲って、そんなに楽しいか?」


 一歩、また一歩と、“晃雅”は咲良の方へ歩を進める。触れられれば、何かが終わる……そんな危惧を咲良に抱かせた。


「嘲ってなんか……!」

「何言ってんだ? 嘲ってるじゃないか。支えてるフリして、オレの近くでこれ見よがしに魔術使ってさ。オレ、いい加減うっとうしく思えてきちゃったんだよね。どっか行って欲しいって言うか」


 悲しい悲しい悲しい。晃雅に、こんな風に思われていたなんて。負の感情は、スパイラルを起こす。

 そんな彼女を嘲うかのように、“晃雅”の身体が一気に今と同じ大きさまで成長する。吐き出される声も、幼さが消えて落ち着きをみせる、が、辛辣さは変わらない。


「消えてくれ、咲良。さっさと負けて、俺の前から消えてくれ。……それが俺の望みだ」

「い、や……いやだよ…」


 目元から、なにか熱いものがこみ上げてくる。どうしようもなく熱いのに、中々零れ落ちてこないそれは、非常に鬱陶しかった。

 もやもやする。そしてなにより悲しい。どうせなら、溢れ出してくれればいいのに。なぜ、目元に留まるのだろう。


「泣き落としか? そんなものが俺に効くとでも? とんだお笑い種だな。俺は、一人が好きなんだよ。お前は、必要ない」


 “晃雅”の手が咲良の腕を掴み、捻り上げる。


「いたい! やめて!!」

「痛いか? そうだろうな。わざとだ。そんな痛みを、俺は受けてきたんだ、心にな。だから、消えろ」

「こ、こうがぁ……いたいよぉ」


 零れた。滞留していた涙が。

 悲しかった。信頼していた晃雅から受ける、この仕打ちが。

 やりきれなかった。晃雅の傷に、気付くことが出来なかったなんて。

 自分のやってきたことは、ただの自己満足だったのだろうか。彼を支えることなど、出来ていなかったのだろうか。自分は、邪魔だったのだろうか。……消えた方が、いいのだろうか。彼の前から、消えた方が、いいのだろうか…。



………………

………



『違うっ! 咲良! 消えないでくれ……俺にはお前が……“キミ”が必要だよ。咲良、目の前にいるのは、俺の偽者だっ!!』


 響き渡る、必死な声。いつもの泰然とした様子からは想像もつかない焦燥を滲ませているものの、それは確実に晃雅の声であった。


『目を覚ませ。咲良は、頑張ったよ』


 優しい声……安心するなぁ。咲良はそんなことを思いながら、近くに感じる本物の晃雅の方へ、身を委ねた。





「……趣味が悪いですよ、北川先輩。咲良を殺すつもりでしたか?」


 咲良が目を覚ますと、なぜか晃雅の腕の中にいることに気がついた。以前、転びかけた時と違い、いきなりだったのでかなりの赤面モノだが、真剣な表情で北川 雪音を睨みつける晃雅に、気持ちが冷静になる。


「殺す…? そんなことをするはずがありません。私は、北川家の権威のために、この全魔戦で優勝しなければならないのですから。殺したら、反則負けになるでしょう?」

「そういう問題か…!」


 珍しく激情を見せる晃雅だったが、途中でその怒気も和らいだ。いや、押さえつけた、と言った方が適切か。

 一つ、あるかなきかの小さい…しかし感情の篭った溜め息を吐き出し、深呼吸をして言葉を続ける。


「……北川家の者が冷酷なのは知っています。それは、天城寺を潰して、のし上がるためであることも。落ちこぼれの俺が“上原”という優秀な血をもつ咲良と共にいることを、あなたが不快に思っていることも知っています。だから、負けでいいから……咲良には、手を出すな」


 キッと睨む。だが、そんな睨みに全く怯まず、彼女は背を向けて歩き出す。コロシアムにはもう用はない、とでも言いたげだ。

 それと同時に鳴り響く放送からの声。学院長秘書、谷口 真樹だろう。


『部外者からの介入があったため、Cブロックは上原 咲良の反則負けとします。勝者、北川 雪音!』


 放送が終わると同時に、雪音の背は見えなくなった。




「晃雅……勝てなかった」


 未だ晃雅の腕の中、申し訳なさそうに告げる。


「あぁ、あれはしょうがない」

「夢の中の晃雅を、怖いと思っちゃった。ほんとは、すっごく優しいのに」

「そう信じてくれるなら、俺は嬉しい。……今まで、俺は支えられてきたんだ。感謝してる。咲良がいなかったら、俺は孤独で潰れてたよ。だから…」



 ―――――この先だって、ずっと俺がキミを護ってみせるよ。



 いつも支えてくれてるんだ、せめて恩返しをさせてくれ。と、そう続け、髪をくしゃっと掻き混ぜる。そうされた咲良は、どこか安心したように、少し……泣いた。



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