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《荒れ狂う雪の舞》



 始まりの合図は、まるで咲良の『私は、勝つ!!』という言葉を受けたかのように、言葉が告げられた直後に響き渡った。

 その瞬間に走り出す二人の少女。一方は柔らかいブラウンのポニーテイルを、一方は煌くような銀色のストレートセミロングを、靡かせて駆け出す。


 魔術師同士の戦闘は、基本的に相手からの距離を大きく開ける場合が多い。それは、少しばかり長めの詠唱でも成功させるためだ。距離があれば、魔術師自身を基点とする魔術の対処もしやすい。いつかの爆発魔術のように、魔術行使者の場所が関係なく突発的に効果を発揮出来る魔術は希少なため、相手との距離をとるこの戦法は、魔術師vs魔術師の基本とも言えるのだ。

 当然、彼女らもそのように動く。と、そう誰もが予想した。実際に、北川 雪音(ゆきね)はそのように動きはじめていた。


 しかし。咲良は一味違う行動に出る。

 水魔術の応用で発生させた霧に身を隠し、接近したのだ。簡単な魔術を呟くように一言で詠唱し、地面に張った氷の上を滑りながら雪音に肉薄する。相手の詠唱が終わる前に近づき、一気にかたをつけることが出来たならば、名高い御尊四家が一角を相手にしても勝機はあるかもしれない。そう考えてのことだった。

 普通に走りこむだけでは到底不可能なスピードで、咲良は地を滑る。彼女が風と水をマスターしたうえの氷魔術師だからこそ出来る芸当。凍らせた地面に足を置いた自分を、風によって運ぶ。雪音までの距離は、一瞬で詰まった。


「……はぁっ!!」


 そのまま、なかなか侮れない素早さと綺麗なフォームで拳を振りぬく。雪音を一発KOさせるために、彼女が考えた第一の策であった。


 だが。そんな策など誰もが思いつくものであるし、相手は優秀すぎる家系である御尊四家が一角――それも、一番冷酷な北川家の長姉であるということを忘れてはいけなかった。


「……《荒れ狂う雪の舞(スノウ)》」


 たった、一言。ただそれだけ。距離をとろうとしていた雪音は、肉薄する咲良に気がついた途端に動くのを止め、たった三文字の“スノウ”というだけの言葉を紡いだ。


―――――本当に、それだけだったのに。


 彼女らの間に唐突に浮かび上がる、鋭く尖った無数の結晶(パウダースノウ)。それは、冷然と。コロシアム内の温度を数度下げて、咲良へ向けて吹き(すさ)ぶ。途方もない風量と、身体の芯まで凍りつくような冷気を伴い、コロシアムの壁に叩きつけられた咲良を侵してゆく。

 とんでもない才能だった。通常、“優秀”と謳われている魔術師だとしても、十語近くの単語を組み合わせ、文章として意味を成すように繋がなければ、放つことなど到底不可能な魔術だ。それを、彼女はたった一言でやってのける。言うなれば“格”というものが違うのかもしれない。


「“勝つ”……そうほざいておいてコレですか? 随分と呆気ないものですね」


 相も変わらず無機質な声。まるで感情の篭っていないその機械的な声で、壁に叩きつけられ、今も尚“雪”に浸食されている咲良に、見下しているような蔑む視線を向ける。

氷柱(つらら)のような鋭さと冷たさを全面に押し出したような凍てつく表情は、彼女の妖しく冷酷な魅力を存分に際立たせていた。些か、使い古された感は否めないが、まさに“氷の女王”とでも称するのが適切な表情であった。




 誰もが思っただろう。対戦相手が悪すぎた、咲良では勝てるはずもない、むしろ今、棄権しなければ命すら危ないのではないか、と。


 だが、それは違う。……違うのだ。


 咲良の、まるで生気の篭っていない瞳。体温が低下しきってしまったかのように、血すら流れていないのではないか、と疑いたくなる蒼白な肌の色。形が良く、艶やかで可愛らしい唇すらも、今は紫色に変色している。……確かにそれは、彼女の“死”が目の前にあるようにも見えた。


―――実際、その“咲良”は生きていなかった。







「……《―――――吹雪け、ダイヤモンドダスト》」


 唐突に呟かれる、聞き取ることすら困難であろう小さな言葉。それは、不思議と雪音の耳に届き、響いた。彼女の跳びぬけた危機察知能力によるものなのか、聞こえるはずもない呟きが、彼女の警戒心を大きく煽った。

 彼女の警戒は正しい。実際、咲良は雪音の後ろに立ち、長い詠唱を終えて自身の十八番と言える魔術を放っていたのだから。


「…っ!! 《氷壁(ウォール)っ!!》」


 咄嗟に、後ろを振り返りもせずに魔術を展開し、身を捻りながら半球状の壁を創りだす。自身はその壁の瀬戸際まで近づき、張り付くようにしながら魔力を送り込み続ける。

 彼女が氷の壁を展開し終えるのと、咲良による氷の暴風が吹き荒れるのは、奇しくも完全に同時であった。

 半球状に展開された強固な氷の壁に、鋭い氷の刃を孕んだ凄まじい冷気が、荒れ狂う暴風と共に衝突する。どんどんと下がってゆくコロシアム内の温度。既にコロシアムの内側は、凍てつく氷で閉ざされていると言っても過言ではないだろう。


 氷の暴風を球状にすることによって受け流し、その壁に張り付くことで、後ろに流れる狂気の風から逃れる。いくら北川家の長姉と言えど、天城寺の側近家系である“上原”の渾身の魔術に対抗するには、一言の魔術だけではこれが限界だった。

 創造した壁が壊れぬよう、魔力を常に送り込み続けるために氷の壁に手を当てていることによって凍り付いてゆく白磁の腕。ほっそりと綺麗なその腕が、咲良の氷に侵されてゆく。

 壁を展開している分、先ほどの“咲良”よりかは幾分かマシな状況ではあるが、ピンチなことにかわりはなかった。そもそも、なぜコロシアムの壁に叩きつけられていたはずの少女が、今はその反対方向から凶悪な氷の風を送り込んでいるのか、雪音には見当もつかない。




 不意に。凍てつき、狂ったような滅びの風は止んだ。と、同時に、目の前に展開していた壁が音もなく崩れ去る。注いだ魔力が切れたのだろう。

攻撃が止んだことに一安心し、距離をとってまた一言、詠唱の言葉を呟こうとした矢先。その瞬間の出来事だった。


鎮魂歌(レクイエム)は、静かにパチンっと指で鳴らされる小さな音。ただ、それだけ。氷ついていた雪音の真っ白な腕を、切り裂くように砕け散った。


「きゃあ…っ!」


 普段の彼女からでは想像も出来ない、感情の篭った叫び。腕ごと砕け散ってもなんらおかしくない魔術でも、多くは凌いだために切り裂かれる程度で済んだダメージ。それでも、血の滲む腕は、彼女を言い知れない敗北感で染め上げた。

 しかし、それは咲良にとっても同じ。今の魔術には自分の出来る全ての魔力を込めた。もちろん、手加減など考えずに、全力で。魔力は、ほぼ空になるまで使いきった。それなのに、与えたダメージは腕から血が滲む程度。勝ち目は、ない。そんな考えが、彼女の頭の中を駆け巡った。



「……ふふっ……まさか、ですね。ええ、今なら分かります。あなたは、優秀だ。おそらく、霧を展開した時からの作戦だったのでしょう。一息ついた今なら、容易に理解出来ますよ。むしろ、なぜ気付かなかったのでしょうね。あの、氷雪の人形(スケープ・ドール)に」


 氷雪の人形(スケープ・ドール)。アイスメイクで生み出される、自我を持った氷人形だ。その詠唱はとても短く、ただ一言呟けばいい……《この身は我に(あら)ず》と。それだけで、身代わりの自分は創造される。氷魔術師として、誰もが行使可能になっておきたい魔術の一つで、これを身代わりとして動かせ、その間に敵の死角から詠唱を行うのにもってこいの魔術だ。

 ただ、それなりのリスクというものはある。それは、この魔術の半端ではない膨大とも言える魔力の消費量。足りなければ発動しないだけではない。注ぎ込んだ分の魔力が暴発し、酷い怪我を負ってしまう。高いリスクの末に用意された、有用な魔術だ。

 当然、咲良の魔力は、『氷雪の人形(スケープ・ドール)を創り出すのは非常に簡単である』と言えるほどの量を備えている。が、その後の全力のダイヤモンドダスト………それを考えると、彼女の魔力はほとんど残っていないも同義だった。


 対して雪音の方はどうだろう。今この場で傷を負っているのは彼女だけ。ダメージだけで計算すれば、彼女の大負けだ。それが彼女の感情を敗北感で染め上げた。だが、魔力量を考えれば、彼女の優位性に気付かされる。彼女は、ほとんど魔力を消費していない。



「認めましょう、あなたは優秀です。……それならば、私が得意な魔術で対抗してあげなければ無礼に値するというもの。続けましょうか」


 そう言って、初めて意図的に無表情を崩した彼女は、優雅で冷たい微笑みを見せる。それだけで、氷の魔術が使用されたわけでもないのにコロシアム内の温度が急激に下がる―――そんな錯覚を咲良に、観客席のギャラリーに、(いだ)かせて。



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