表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/43

私の憧れなんだよ…っ!



 鳴り響く試合開始の掛け声。それと同時に詠唱を始める眼前の茶髪少年。晃雅からしてみれば、立ち止まって詠唱を始めるなどとは、どれだけ戦闘経験がなければ気が済むのか、と言いたくなるほどである。この分なら、この少年――平塚 啓吾こそ、彼の言う“汚い手”で勝ち残り戦を生き残ったのではないか、と思ってしまうのも無理はない。それどころか、学院に合格した事実すら、虚構のものだったのではないか、と邪推してしまいそうだ。

 実際、実践形式の試験が多く含まれていれば学院の入学試験にも落ちたであろう啓吾は、それでも学院の魔術師である。それも、晃雅たちより長く学院生として授業を受け、その力を磨いてきた“学院四年生”である。中々に侮れない速さの詠唱の言葉を紡ぐ。


「《踊れ、踊れ。火の円舞曲(ワルツ)。逆巻く火炎の渦よ。その煌きを顕現せよ!》」


 まもなく、詠唱は完成する。

 晃雅は、動くことなくそれをただ冷然と見つめていた。わざと当たらなければ、負けることなど叶わない。

 しかしこの場合、啓吾の魔術は明らかに長い詠唱の末の魔術――つまり上位の魔術にあたる。それならば、この魔術に当たるだけで、いくら晃雅には“魔術耐性”があるとはいえ、この魔術を真正面から受け止めることは、かなりの痛手と言えた。


 そして、啓吾の魔術はその真名を告げられる。


「怖気づいて動くことも出来ないかい? 哀れだね。《―――炎舞(えんぶ)豪火絢爛(ごうかけんらん)!!》」


 啓吾の周辺から渦巻くように現れる炎。金色に煌く炎としては異様なそれは、まさに豪華絢爛。魔術名である“豪()絢爛”を冠するに相応しい美しさを誇る魔術であった。また、詠唱による発動時間の問題や、術者の周りを渦巻くという無駄な演出さえ省けば、その豪火という形容も相応しいと言えるほどの熱量を誇っている。

 そんなまさしく豪火といえる炎が、渦巻き、逆巻き、だんだんとその熱量や規模を増してゆく。正直、晃雅からすれば早くしてくれ、とでも言いたくなるような演出の鬱陶しさだが、いくらかナルシストなきらいがある十八歳の啓吾だ、“魔術師”ではない晃雅が相手なら、これくらいの見栄を張っても、なんらおかしくはなかった。


「どうだい、この金火は。美しいだろう? もうすぐ君は、この魔術で焼き尽くされるんだよ。……そう聞くと、この美しい炎が途端に残酷さを秘めているように見えてこないかい? こいつ自体はこんなにも美しいのに。使い方によっては、人間を焼き殺してしまうことすら可能なのだよ。まったく、おそろしいね、炎の魔術というものは。そしてなによりも、そんな炎を創りだしてしまう僕の才能が!!」


 とんでもないナルシストである。それも、晃雅を焼き殺そうとさえしているのだ。ただの脅しではあろうが、その表情は真面目も真面目、大真面目である。

 それでも。晃雅は慌てない。動じない。むしろ、大歓迎だ。強力な火の魔術で、少しでも怪我をしようものなら、棄権だって可能だ。さっさと撃ってくれ、そう言いたくなるほど、待ちわびてもいた。


 だが。その現状を良しとしない人物が一人いたことに、晃雅は気付かない。


 そして、魔術は放たれた。


「ゆけ、僕の金火よ!!」


 漏れ出す哄笑。魔術師ではない晃雅を真正面から嘲る笑い声。そんな音を奏でるかのように、金色に煌く炎は晃雅へ放たれた。


「来い。……その炎で、俺を焼き尽くせ。望み通りに、大火傷を負って、負けてやるさ」





 彼女は、正直焦っていた。困惑もしていた


―――――なんで、晃雅はあんなにも相手生徒を煽っているのだろうか。


 試合開始前のこと。観客席の中でもかなり前の方に陣取っていた咲良は、ゆあや海斗、いつかと共に晃雅を応援しようとわくわくしていた。驚きではあるが、一年生にしてこのメンバーは全員が勝ち残り戦を勝ち抜いたのだが、晃雅の第一試合に被る者はいなかったようだ。

 そんなメンバーの中でも、空間を操る魔術師であるいつかは、綺麗にコロシアム内の空間を操って音をこちらまで届けていたのだが、それを聞いていた咲良にとって、晃雅の行動はどうにも、おかしいとしか思えなかった。

 晃雅は、意味もなく人を煽ったりしない。そこには、必ずなんらかの打算がある。例えば、以前、魔術を使えないことで不良に絡まれた際、不良たちを逆上させるために動いているかのような言動を繰り返していたのは、自身の精神衛生を保つためだった。自分はなにも気にしていない、と。逆に、不良を煽る余裕すらあるのだ、と。そう自分に言い聞かせることによって、自身の確立を図っていた。それは些か悲しい事実ではあったが、確かに意味があったのだ。

 それでは、今回の場合はどうか。見ている限りでは、煽る意味など全く感じられない。なぜなら、晃雅は『任せろ。咲良の期待には、応えてみせるさ』と息巻いて、その……髪を掻き撫でてくれたのだ。当然のようにこの試合を勝ち進めてくれると信じて疑わないし、晃雅は完全にその気であると思っている。


 だが。


 それは違う。晃雅は、勝ち進む気などない。御尊四家に目をつけられるわけにはいかないからだ。本物の天城寺として、魔術師の才があったならば、御尊四家全員の魔術師を一人で相手取っても、引けをとることはないだろう。だが、晃雅は違う。魔術以外の才能に溢れているとはいえ、複数の優秀すぎる魔術師と相対して、無事でいられるほど彼は強くない。それどころか、一人を相手にしても、勝利するのは些か骨が折れるかもしれない。下手すれば、彼らとの勝負の行方は五分五分という可能性もある。大いにある。それでほどまでに、晃雅と御尊四家の其々との実力は拮抗していた。

 つまり、勝ちを辞退するしかないのだ。咲良の想いや、期待に応えられることはないのだ。



 そして鳴らされる始めの合図。それと同時に始まる相手方の詠唱。それに対して取られる晃雅の行動は、咲良の期待を大きく裏切るものであった。


 動かない。

 ただひたすらに。

 立ち尽くし、何もせず、冷めた瞳で茶髪の少年を何の気なしに見つめている。

 なぜ、彼は動かないのだろうか。なぜ、彼は試合前にあれほど煽っていた生徒の詠唱を咎めることなく、妨害しようともしないのか。それを防ぐだけの手段も、実力も持ち合わせているはずなのに。なぜ動かない。なぜ妨害しない。なぜ………彼はあんなにも冷めた表情をしている。なぜ、彼は勝ちを取ろうとしない。目の前にあるのは、彼が動いた先にあるのは、相手生徒の油断の末である安易な勝利しか存在しないというのに。


「うわ、崎ちゃんも豪快だねぇ。あいつ、ヤツの魔術を真正面から受けて『効かないな。火の粉でも散ったか?』とかクールに告げて、フルボッコするつもりだぞ、絶対。えげつねぇえ!」


 海斗の意見はこんなものであったが、咲良の直感が否と告げる。あそこにいる黒髪の少年は、冷めた表情で立ち尽くすその少年は……晃雅は、負けるつもりなのだと、そう告げているのだ。

 それに気付いた咲良は、大いに不安を抱く。晃雅の魔術耐性は万能ではないことを知っている咲良は、当然のようにあの火の魔術を真正面から受ければ決して少なくないダメージを負うことは理解している。それゆえの不安。同時に、彼の身を案じる。冷や汗が、ツーッと流れた。


「咲良? どうしたの?」


 そんな彼女の変化に気付いたゆあの問いかけにも、咲良が答えることはない。そして、それと同時に、いつかが何かに気付いたようで、少し慌てたような声をあげる。コロシアムでは、金の炎が晃雅に向かうその直前だった。


「『負けてやるさ』って………永崎は、あの魔術で負けるつもりなのか?!」


 金火が放たれる。響く悲鳴。あの魔術を受ければ、いくら晃雅でも大火傷を負うに決まっているではないか。そんな咲良の悲鳴を伴った危惧と共に、その金火は晃雅に着弾した。





 熱い。

 もの凄い熱量だ。熱すぎる。

 正直、侮りすぎていたかもしれない、学院の四年生というものを。

 本当に身が、内まで焼き尽くされているような感覚に陥るのだ。

 燃える、渦巻く、逆巻く、炎。

 決して燃えることのない、学院特別製のブレザーを通り越して伝わる熱。

 熱い、熱すぎる。熱い熱い熱い熱い熱い熱いあついあついあついあついあついあつ……………。



 聞こえてくる悲鳴。これは、咲良のものだろうか。小さな頃から慣れ親しんできた彼女の声。非常に優しい響きを持つはずの彼女の声は、いまや悲しみに染め抜かれていた。その悲しみを作りだしているのが自分だと思うと、どうにもやるせなかった。こんなことなら、なにもせずに棄権した方がよかったかもしれない。せめて出るだけ出て、誠意は見せようと思っていた晃雅だが、彼女を悲しませるこの結果は、全く以って望んでいたものではなかった。


 ああ、俺は選択を誤ったな。そう、彼は悟った。


 それと同時に、止む炎。案外、大火傷を負うこともなく、ただただ熱いだけのものだったように、唐突に止む。実際は、晃雅の肌は軽くではあるが焼け爛れているのにも関わらず、彼はよろけることなくそこに立ち尽くしていた。

 なぜだろう。これだけの傷ならば、倒れたフリをしても気付かれることはないだろうに。なぜ、未だに立つのだろう。なぜ、目の前の少年を驚愕させるような生命力を見せびらかしているのだろう。


 これが、俺の見栄なのか。


 自嘲するように笑う。やはり、どうにも自分は負けることが嫌いらしい。そう素直に負ける演技は出来ないようだ。それなら、啓吾の言った通り“不安”を覚える必要はあったのかもしれない。痛くもない魔術をくらって、痛いフリをするという、演技力への不安を。

 ……それでも、まだ決心はつかない。勝つことの決心は、つかない。御尊四家の存在は、それほどまでに大きい。


 しかし。


 彼の中でさらに大きな比重を占めるものは、確かに存在しているのだ。



「晃雅! 期待に応えるって言葉は嘘だったの? 違う、晃雅はいつだって私を裏切らずにいてくれた!! 本気出して、勝って! お願い! そんな傷なんて、跳ね除けて!!」



―――――晃雅は、私の憧れなんだよ…っ!



 憧れ、か。晃雅は密かに笑う。そうか、憧れ。俺も、(いだ)いていたよ。お前に。いつでも俺を見捨てずにいてくれる咲良の度量に、憧れを、な。

 ならば、俺もその憧れに応えなくてはならない。晃雅はそう考えてニヤリと、今度は不敵に笑う。まるで子供のように、楽しそうに。



「『効かないな。火の粉でも散ったか?』……海斗(・・)だったら、俺が言う言葉をこう予測しただろうな」


 そう呟き。やはり愉しそうに笑う。見ている側の啓吾には、炎の魔術をくらい、火傷を負って尚、愉しそうに笑う晃雅はホラー以外のなにものでもなかった。それが、なぜか恐怖を煽る。なぜ、自分は魔術を使えない落ちこぼれな無能ごときに恐怖を抱いているのだろうか。


 そんな啓吾の恐怖を指摘するように晃雅は口の端を吊り上げて笑う。言葉を吐く。


「怖いか? 当然だ。人ってのは、自分より強いモノには、恐怖を抱くように出来てる。警戒しろよ? それを怠れば、とって食われるのはもうすぐだ」


 告げ終えたのは、晃雅が啓吾の後ろへ回り込んだ後だった。


「まぁ、今さら警戒したって意味ないけどな」


 おやすみ。

 そう呟き、啓吾の首筋に手刀を落す。もはや完成された芸術にさえ見える華麗な手さばきで、“学院四年生”啓吾の意識は、あまりにもあっけなく刈り取られた。



『勝者、一年A組、永崎 晃雅!!』


 咲良や海斗、いつか、ゆあのメンバーには非常に嬉しそうな笑みが、その他からは、驚愕で彩られた表情が、おもしろいほどくっきりと浮かべられた。



 この勝負、“無能”の勝利である。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ