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どんだけェ……



 思い出を作ったゴールデンウィークも、今は昔。時は過ぎ去り駆け抜け、地獄の中間テストも越えて、すでに梅雨の時期に入っている。この時期特有のじめじめとした嫌な空気と、どこか溜め息を誘うように長く続く雨。時にしとしと、時にザーザーと降り注ぐ雨は、人の心までも濡らし、憂鬱な気分にさせるようであった。


 そんなどことなく暗い雰囲気に包まれた学院で、特にどんよりしている者が一人。いつもはニシシっと人懐っこい笑みを浮かべているはずのその少年は、声量の大きすぎるマシンガントークの代わりに低く呟くような独り言を、何かの呪詛のように紡ぎ続け、時たまひひっと不気味な笑い声をあげる。ただ、赤く染めた髪の下から覗く、派手なピアスだけが、常の彼の心情を表すようにキラリと輝いていた。

 この見ているだけで人を憂鬱な気分にさせる少年、名を吉井 海斗という。そして少し前の中間テストで、赤点という不名誉を学院最多で被った猛者である。その驚異の赤点率、なんと十一教科中八教科、およそ73%を記録する。つまり、七割以上が赤点というわけだ。普通だったら有り得ない。進級が危ういどころの話では済まないだろう。


 では、海斗がこの驚異の赤点率のせいで落ち込み、見る人を憂鬱にさせているのか、と問われれば、実はそうではない。むしろ、赤点を取った当初は『崎ちゃん見て見て! 俺の赤点コレクションだっ!!』などと騒ぎ立て、いつにも増して騒々しいほどであった。それならば何故、彼がこれほどまでに落ち込み、沈みきっているかと言うと…。


「赤点取ったら課題出るとか、どんだけェ……」


 そう、赤点を取ったせいで課された、課題の膨大さ……それに海斗はやられていたのだ。しかし、それも仕方がない。八教科それぞれから、消化をするのに四時間はかかるような課題を課されているのだから。その消化にかかる予想所要時間、総勢三十二時間。一日中課題消化に勤しんだとしても、未だ八時間分の課題が残るという残酷さと凶悪さ………これは、いつも元気に満ち溢れている海斗を堕とすには十二分の働きを見せた。

 とはいえ。この状況になったのは完全に彼の自業自得。可哀想な状況にあるとはいえ、晃雅の対応が決して海斗にとって都合の良いものとは言えないのは、当然の結果であった。


「先に言っておくが、俺は手伝わんぞ」

「うぇええ?! そりゃ酷いぜ崎ちゃん!! 親友じゃないか、手伝ってくれよぉ…!」


 手伝わない。そう言った晃雅に、海斗は悲壮さを全力で演出し、土下座してまで頼み込むが、そんなものが晃雅に効くはずもなく。現実がそこまで甘くないことを再確認させられる結果となる。


「……そうか、じゃあ俺は“親友”にバカのままでいてほしくないからな。本当は手伝ってやりたいんだが、自力で問題を解けるようにするために、泣く泣く手伝うのを諦めてやろう。ホント、残念でならないよ」


 わざとらしく首を振り、悲しげに瞳を揺らす。本当に手伝えないことを残念に思っているかと錯覚するような迫真の演技ではあったが、わずかに吊り上る口元が彼の本心を明確に示していた。軽く嗜虐趣味でも持ち合わせているのだろうか。………もしかしすると、“軽く”ではないのかもしれないが。

 しかし、そんな彼でも、海斗に告げづらいこともあった。現在は大食堂に集められての夕食が終わり、自由時間として海斗の課題を消化するにはもってこいの時間だ。そのはずだった。しかし、今朝のHRで千種教師は次のように告げたのだ。



―――――今日の夕食後。みなを集めて重大な発表をするそうだ! 午後九時、大食堂へ集合しろっ!!



 だ、そうだ。発表ならば、いつも全員を大食堂に集める夕食時にすればいいような気もするが、これは完全に学院長の意向で決められた事項で、自分が重大発表とやらをしたくないから、という理由で後に集合させることとなったらしい。と、言うのも、学院長である東條 (ひとし)は、夕食時は生徒たちと共に大食堂で過ごすのだが、その後は自宅に戻るのだ。何故なら、彼が御尊四家(おんみことのよんけ)の一角、東條家の当主であるためだ。昼間は天城寺家から派遣された優秀な人員で回しているのだが、東條家の当主である彼がいないと進まない仕事も存在する。それを消化するために、彼は自宅に戻るのだ。自宅に戻るということはつまり、“重大発表”を他人に任せることが出来るようになるということである。

 そんな完全に大人の都合………というよりも学院長の適当で愚図な性格のせいで、夕食後に生徒たちは集められることになったのだそうだ。


 晃雅は今、この重大発表がある事実を、眠っていたせいで聞き逃した海斗に告げようとしている。海斗自身は、この時間に少しでも課題を消化しようと言っていたので、晃雅からすれば告げづらいことこの上ない。

 それでも。告げなければならないことである。……重大発表というからには、本当に重大なモノであるはずなのだ。召集を蹴って休ませるわけにはいかない。


 決心する。やっと課題に取り組もうとノートを開いて机に向かう海斗に、告げよう。


「吉井…」

「ん? 課題手伝ってくれんの?」


 振り返り、調子のいい笑みにも関わらず、どこかやつれたような印象を受ける表情で訊ねる海斗に、晃雅は彼に同情するような表情をして口を開いた。


「いや、そうじゃない。かなり言いづらいんだが……今日は、今から大食堂に召集されてる」

「へぇ。じゃ、俺は課題の続きを………って、えぇぇええ!!?」


 海斗の悲壮な叫び声が、二人のいる寮部屋に悲しく響き渡った。可哀想ではあるが、彼が課題を消化できるのはもう少しあとになるだろう。それに伴って、彼のテンションはさらに下がっていくのだろう。そのような予測が簡単につくほど、悲しみを帯びた叫びであった。

 しかし、この召集が意外な方向で彼のテンションを再び引き上げることとなることを、今はまだ誰も知らない。





 午後八時。豪華な装飾の施された大食堂に、学院の生徒が一堂に会した。学院側が言うには、今日ここで、とある重大発表があるらしい。

 とはいえ。一年生はどこか緊張の面持ちで発表を待っている者が多いのだが、二年生以上の生徒はそうでもないように見える。とすると、もしかすると毎年恒例の行事なのかもしれない。………そんな毎年恒例行事の発表のためだけに、課題に取り組む時間を削られ塞ぎこむように落ち込む海斗には、やはり哀れとしか言いようがなかった。

 それは晃雅も思ったことのようで、壇上に代表の教師が立つのを待ちながら、横目で隣に座る海斗の方を一瞥し、嘆息する。――いつもうるさいヤツがここまで黙ると、逆に不安になってくるから不思議だ。



「なあ、海斗(・・)。元気出しな。どうせ、三十分もかからないさ」

「………だよな。うん、いくら課題が暴力的でも、落ち込むなんてらしくねぇか!」


 やっと、彼は本当の意味で笑った。これで、少しは喧騒も戻ってきそうである。平穏で静かな生活を望み、騒々しい海斗をいつも静めていた晃雅だが、海斗が再びうるさくなりそうな今のこの瞬間に、それでも大層安心した。

 やはり、海斗はこうでなくては。


 そして、さらに海斗のテンションを引き上げる要因が生まれる。それは、意外にも……いや、当然にして、なのかもしれないが、この召集の目的である“重大発表”によるものであった。

 やっとのことで壇上に上がる学院長秘書の谷口 真樹。今日も、艶やかな黒髪と対照的な白磁の肌が映える。キラリと煌くメガネも印象的だ。


『さて、では私から学院長代理として、重大な発表をさせていただきます。とはいえ、二年生以上の生徒は既に知っているかとは思いますが。………ええ、とうとうあの時期がやってきたのです』


 あの時期? 一年生のほとんどはそう首を傾げる。が、残りの生徒……つまり二年生以上の生徒は、まるで幼子(おさなご)のように瞳を期待で染め上げ、心なしか興奮した様子で次の言葉を待っている。


『そう。―――全校生徒出場制魔術戦闘大会の始まりです!』


 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!! そんな歓声が、広い大食堂に響き渡る。

 全校生徒出場制魔術戦闘大会。大抵の生徒からは“全魔戦”と呼ばれて親しまれ、学院としても、外部には知られないとはいえ名物行事となっている。

 だが、全校生徒がトーナメント制で戦い合うこの大会が盛り上がる理由は、まだ戦ったことのない相手と戦えるから、などという戦闘狂(バトルジャンキー)的なモノでは決してない。

 この大会が盛り上がる理由。それは……。


『もちろん、今までと同じように全てを勝ち抜いた生徒にはある特典があります。それは…』



―――――この先一年分の課題を、全て免除することです!!



 当然のように、赤点による課題も全て免除である。


 もう一度大きな歓声が起こる。……………今度は、晃雅の隣の席から最も大きな叫び声とも呼べる歓声が響き渡ったとかそうでないとか。そんな捕捉をするのは、やはり野暮なのであろう。



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