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ふっ…今日も調子がいいな



 五人は地下鉄を利用し、天凪市の中心地に来ていた。国内最大と言える品揃えを誇るショッピングモールを始めとして、たくさんの飲食店が充実し、子供から大人まで楽しめる施設で溢れている。もちろん、全国にチェーン店を拡大しているカラオケ店も存在する。五人の目指す所は、そこである。


「なぁ、よく考えたらさぁ……俺、めっちゃ音痴だったわ」


 そのカラオケ店を目指す途中。あと五分もすれば辿り着けるという頃。そこでの、突然の報告であった。


「そうか、じゃあ歌うな。耳が腐る」

「はっ、そんなこと言うんなら歌いまくってやるし! いくらでも耳腐らせてやるよォ!!」


 晃雅の辛辣な冗談もなんのその。海斗はそんなことは気にしない。そして、ああは言ったが、晃雅だって音痴を気にすることなどないのだ。それを分かっているからこそ、海斗も冗談で返せるのだろう。晃雅は否定するだろうが、やはり彼らは絶妙なバランスと相性の良さを持った親友同士であった。

 だからか、海斗のふざけた返答に、晃雅もしっかり悪ノリする。


「上等だ。俺の耳を腐らせてみせろ。壊死させて耳を削ぎ落とさなくてはならなくなったらお前の勝ち、それ以外は俺の勝ちな。負けた方は一週間分の宿題を肩代わりだ」

「いやいやいやいや、その条件だと確実に俺が負けるからね!? 何その圧倒的不利な条件!! みんなもそう思うよな? なっ!?」


 確実に自分に味方してくれる。そう考えての言動であった。

 しかし。海斗は読み違えていた。自分がいかに“いじられキャラ”として定着しているのか。それを理解していなかったのだ。よって当然、海斗が得られるのは同意などではなく…。


「吉井くん、頑張ってね」

「私も応援しとくよ。……勝ち目ナシだけど」

「高峰さんの言う通りだが、僕も応援しておこう。あ、君が負けたらついでに僕の宿題も頼む」


 海斗に返ってくる言葉は当然、彼の意見への同意などではなかった。むしろ、確実に負ける賭けの代償が、さらに惨いものになってしまうという、どうにも可哀想な結果となった。


 と、そうこうしている間に、目当てのカラオケに辿り着いた。どうやら、海斗がこの賭けを無効にすることは叶わない結果となりそうだ。


「いやぁぁ、宿題三人分も出来ないぃぃ!!」


 カラオケ店の目の前、人通りもそれなりに多いこの場所で、海斗の悲痛な叫び声が響き渡った。





「さあ、歌おう。誰から歌う?」


 フリータイムで申し込み、ついにカラオケの一部屋に通された一行。これから長く歌い続けることになる。フリータイムの場合は最大で八時間も時間をとることが出来るので、時間はたっぷりある、が『最初に歌う栄誉は誰にも譲らん』とでも言うように、晃雅の問いに応える者がいた。


「はいはいっ!! ここは俺に任せな☆」


 海斗だ。やはり、見た目どおりに目立ちたがりなのだろう。………自分から音痴であると告げたばかりであるのに、中々に根性のある目立ちたがりである。

 しかし…。


「却下」

「あ、じゃあ私が歌ってもいいかな」

「分かった。じゃあ高峰から右周りに順番で。……海斗は最後だな。どんまい」


 このような流れによって、海斗が一番に歌うことを許されることはなかった。まあ、最初くらいは音痴以外の歌で盛り上がっておきたい、という気持ちにも頷けるが、些か海斗は可哀想であった。………それも、こんなことは今に始まったことでないから余計に憐れだ。

 とはいえ。当の本人はそんなこと気にしていないようで。


「おっ! ゆあちゃんの美声が聞けちゃうわけね!! もう俺ぁ大歓迎よォ!!」


 切り替えが早いのは、海斗の大きな長所の一つであった。

 海斗のお調子者的言い回しに軽く笑いながら、ゆあは特に時間もかけずに選曲を終える。流れ始める前奏は、朝から歌うには中々ハードに聞こえたが、大丈夫なのだろうか?



 そんな危惧は、杞憂に終わった。朝であるにも関わらず、よく通る声。高い音域から低い音域まで、ほとんど間違えた風もなく歌うソプラノ。時に小鳥が囀るように、時に優しげな声音で、しかし時に激しく、それでも綺麗な声で歌う。

 ………この場にいる全ての者の正直な感想として、ゆあはとても歌が上手かった。


「た、高峰さん………素敵過ぎる…」


 いつかなどは、このように呆然して呟き、歌うゆあを熱心に見つめている。これが、彼の恋心をさらに高まらせる結果となることは、言うまでもないだろう。




 その次の咲良の番では、ちょっとした事件が起きた。ゆあほどではないにせよ、綺麗な歌声で、可愛らしく歌っていたのだが、マイクを落としてしまったのだ。あぁっという動揺の声をもらし……そこからはもう、ぐだぐだであった。


「あわわっ! えと、えと、あぁぁ! メロディがぁ…」


 しかし、海斗の言を借りるのであれば『可愛いからよし』であった。それについては、晃雅も同じ意見だったのかもしれない。なぜなら、いつもしかめられている表情を幾分か和らげ、それどころかほのぼのとした笑みを浮かべていたのだから。




 と、そんな事件を越えて、次はいつかである。彼曰く、


「僕は、歌には自信がある」


 とのこと。ゆあに向けて言った言葉のようで、なんだか誇らしげだ。彼女との共通点が少しでも出来たことを喜んでいるのだろうか。ゆあにしても『へぇ、じゃあ今度一緒に歌おうか』と返し、いつかの歌に軽く期待している風であった。

 しかし、彼女のそんな淡い期待は、すぐさま裏切られることとなる。


『☆◆Θ≡δ∴μ▽∽ω~♪』


 この世のものとは思えない地獄の歌声。低音が利き過ぎているかと思えば、次の瞬間には男性としては考えられないほどに高い裏声に変わる。選ばれた曲は全て流してやっと三分半と、それなりに短い曲であったが、その三分半は地獄の瞬間であった。いつも柔らかで優しげな笑みを崩さない咲良をして、顔をしかめて耳を塞いでいるほどであった。

 そのうえ、彼は非常に高くて掠れた声で最後の一音を発音し終えると、満足そうな素晴らしい笑みで一つ頷き、信じられない一言を言い放つ。


「ふっ…今日も調子がいいな」


 キリっ! そんな擬音が似合う表情で、口の端を吊り上げるような、しかし爽やかな笑みを浮かべる。これで本当に歌が上手ければ、大層輝いて見えたのだろう。しかし、彼の歌声は酷い。随分滑稽で、その仕草だけで笑いを誘うには充分であった。

 とはいえ、かなり気持ちよく歌っていたであろう彼の前で大爆笑をするのはさすがに気が引け、一同は何も出来ない状況に追いやられる。やはり、紛うことなき地獄であった。


 そんな地獄の沙汰にも、一条の光が。


「さ、さあ、次は俺が歌うかな」


 次に歌うことになっていた晃雅の一声である。その彼特有の低くてよく通る声に、凍り付いていた空気が一気に常温状態を取り戻す。幼馴染である咲良などは、この声に多大な安心感を覚えたほどだった。


「まぁ、俺は高峰ほど上手くないし、杉山ほど(・・・・)自信は持てないが、精一杯歌わせてもらうことにするよ」


 そう言って、元の雰囲気に戻ったことに安心したような表情をしかめっ面の中に浮かべながら、選曲を終える。そして曲が始まり歌い始めるのだが………。


 どうにも、微妙だった。違和感がたっぷりあるにも関わらず、流れる音楽とはあっているようにも聞こえなくもない。いつかのような聞いていられない歌声ではないものの、激しい違和感を覚える。一生懸命歌っているようではあるのだが、どうにも苦い表情であった。

 そして一番を歌い終え、間奏中にマイク越しに頼みごとを一つ。


『咲良。悪い、頼むな』

「はぁい。やっぱり、一緒に歌わないとだね」


 咲良も心得たように頷き、マイクを取る。

 少し長めの間奏が終わり、二人は息をぴったり合わせてマイクを口元へ持っていき、二番へ。咲良が加わったところで、どうせ晃雅の歌声は違和感にまみれているのだろうな、と、誰しもがそう思った。


 …………が、しかし。


 紡ぎ出されるのは、とても精錬された歌声。可愛らしい声でメロディを歌う咲良と、腹部に響く低音を発する晃雅の絶妙なハーモニー。咲良の歌うメロディとは違う音色の、しかし彼女の歌声をさらに引き立てる響き。そう、それは“ハモり”だった。

 二人のハーモニーは心地よく続き、咲良もマイクを落とすことなく、最後まで歌いきるのだった。



「俺は昔から、なぜか“ハモり”の音しかうまく認識できなくてな。メロディそのままを歌おうとはしているんだが、いつの間にかハモってる。……まあ、一回目は挑戦したけど、今度から知ってる曲の時だけハモりで参加することにする。ハモりは、任せろ」


 歌い終わった晃雅は、そう言って一巡目で最後の順番である海斗にマイクを手渡す。


「次、頼むぞ、自称・音痴くん」

「おう! 任せなっ」


 ニカっと笑って受け取り、選んだ曲が流れ始める。今流行りのロックバンドの曲で、その中でもかなりメジャーな、CMでも何度も聴いたことがあろう無難で盛り上がりやすいチョイスであった。自称・音痴の海斗は、それでも何の特徴もなく歌いきり…。


「音痴ではないが……別に上手くもないな」

「えーと、下手じゃないのはいいことだと思うよっ」

「僕としては、下手だけどな」(それはこの少年にだけは言われたくない言葉ではあるのだが)

「でも、まあ………うん、普通で無難って感じだね」


 結局、ゆあの一言で意見は纏まった。


 そのままみんなで盛り上がり、ゴールデンウィーク最終日は充実し、かけがえのない思い出として、体感スピードとしてはとてつもない早さで駆け抜けるように終わった。ゆあと晃雅たちの間にあったわだかまりも消え、翌日からもいい関係を築いていくことが出来そうである。


 ちなみに。

 海斗が“耳を腐らせること”が出来なかった代償の宿題一週間分肩代わりという処罰は、晃雅の『ただの冗談だ。だいたい、お前にやらせたら出来が悪くなる』という鶴の(悪魔の)一声で免除されることとなったそうだ。





・今日のカラオケで学んだこと。


 ゆあ > 咲良 > 晃雅(ハモり限定)>(一般人)≧ 海斗 > 晃雅(通常)


 歌の上手さは、この順で並んでいるらしい。補足だが、いつかがこの順に入らない理由は、『あれは歌とは呼べない。むしろそう呼べるヤツ、出てこい。あれなら、本当に耳を腐らせることだって可能かもしれないぞ』……だ、そうだ。



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